橋本シオン『ep.』

意味のないことの意味・・・・・・・・・・について考える。手を動かす、手をつなぐ、手をきりおとす、あるいは落とされた手を拾い上げればそれは祈りのかたちとなる。だがこれらの所作にほんらい意味はなく、ただいずれかの点Aからいずれかの点Bをむすぶ複数の連続した動きがあるだけだ。

だがそこには意味をもとめてしまうこころの動きがある。だれしもが生に意味をもとめ、そしてそれはけしてえられない。いや、こう言いかえよう。だれしもが《書くこと》に意味をもとめ、そしてそれはえられない、と。

◇ ◇ ◇

橋本シオンは一九八九年生まれ、東京都在住。『詩と思想』にて二〇一六年度「現代詩の新鋭」選出、同誌新人賞入選。二〇一七年、詩集『これがわたしのふつうです』にて中原中也賞およびH氏賞候補。

◇ ◇ ◇

猛暑が去った。関東を嵐の前触れともいえるしずかな残暑の気配が覆っている。

本日取り上げる詩集『ep.』は電子書籍で、二〇一四年発行、アマゾン社のKindleプラットフォームを経由して一般に販売されている。やや短めの詩集で、詩五編を含み、巻末詩「イーピー」は三部構成。表紙には椅子に座った裸体の女性を横から見た構図のデッサンがあしらわれており、その横顔はぼかされている。

わたしは橋本のことは『詩と思想』誌上で最初に知った。その詩を引用してみよう。

ミキちゃんの小さな足で、夜の東京を歩くと、コンクリートしかなくて、何年経っても道は変わらないのにお店ばかりがかわっていって、わたしの家はどこだろうって、探してみるんだって。お母さんの料理を思い出して、ひとしきり泣いたりするんだって。うちゅうの中の、ちっぽけなわたし、の、ちいさな生活が、屋根に降り積もって灰の様に飛ばされちゃって、わたしいま、どこにいるんだろう、って。

そしたら夜は、死にたくなるじゃん。だって夜だもの。社会にあぶれたなにもない家に。だれもいないこの家に。でも、わたしはいるじゃない。だから、ミキちゃんを呼んでみるじゃない。それでも、いるんだ、わたしが。胃液を吐き出したミキちゃんの横で、ツイッターして、布団にもぐるわたしが、いたんだ、わたしが。

「ミキちゃん」 第三、四連
『詩と思想』二〇一六年四月号

くりかえされる「わたし」が分裂し、並列され、かさなりそして離れる様子は、ソーシャルメディアにあらわれるたくさんの「わたし」の物語そのものだ。そうした現代をえがくために選び取られた文体をみる驚きがまずある。都市においては店がどんどん変わるように、母国語においては標識である語彙もまたころころと変化してゆく。その空間の中で自分自身もしばしば行方不明であり、わかたれた自分(わたし、ミキ、わたし)を通じて、ばらばらになった《このわたし》の物語も無限に励起されてゆく。

どうしようもない夜に眠る芋虫は夢を見る。ぎざぎざの柔らかな歯に煙草を挟んで、だらしなく寝ていた海岸線を思い出す。白子みたいにぐじゅぐじゅになった言葉と涙を腹の中に抱えて、眠る芋虫は髪の毛をだらしなく伸ばして夢を見る。

星空は半円の深い闇の中で瞬いていた。ひっそり小さな身体を滑り込ませぱちぱちと。芋虫の横にいる人のツラをした芋虫も、またきっと夢を見ていた。飛び込んだ大都市の近未来を嗅がされて、皆一様に芋虫になっていく。

「いもむし」 第一、二連

だれしもが見覚えのある「どうしようもない夜」はつづく。選択肢のうばわれた(かのように見える)生活において、わたしたちはことばだけを抱え、いつか変態を遂げる可能性を夢見ながら眠るだけの一匹の虫になっている。ここでいう芋虫はどちらかというと樹木上のものではなく土の中にいる甲虫類のそれを想像させるが、手(足)が複数ついていながら、移動がゆるされない生き物がえがかれているということに留意し、読み進める。

エビって気持ちが悪いよね、あの形状なんともいえないよね。だってよくみてよこの沢山ついた足と尻尾。食べたらとても美味しいけどこんな形でよく生きているよ、と、蛇口に向かって話しかける。シンクをうちつける音で彼は相づち代わりをする。

お喋りを続ける最中、春と言う言葉で誤魔化した侵入者を発見した。寄ってたかって蟻の行列みたいに、あれは子鬼の群れか、それとも小さな母親か。冷蔵庫の裏、靴底の隙間、シャワーヘッドの中まで。この家は幻想に包まれて同化していくんだ。

(…)

隙間の街からは遠く離れた、土曜日の午前中。空には雲が敷き詰められていて、四月だというのに風がとても冷たくて、小さな雨粒が子鬼の口を満たしていた。エビの殻をむきながらわたしは蛇口とお喋りをして、鎮痛剤を飲み、赤い斑点が宇宙を知りたくて爆発を開始した。そのうちエビが踊りながら蛇口に吸い込まれていく夢を見て、気づけば夜になるのかもしれない。

「住む」 第二、三、七連

再びたくさんの手(足)のある生き物について、今度は口を通じて体内に取り込まれる準備がなされている。それは外殻を剥がれ、手(足)を切断され、内蔵を摘出された状態で調理され、咀嚼されるはずだった。しかしこの「白子みたいにぐじゅぐじゅになった言葉」を取り戻す工程は、やはり幻想で、最終連において「エビが踊りながら蛇口に吸い込まれていく夢」としてえがかれ、そのことばの行方もまた宙吊りにされている。変化はゆるされない。

東京での生活もかれこれ二年になろうとしている。小さな田舎町を飛び出したのは夏になる前のことで、あの時私は二十三歳だった。東京はいつもぐるぐる回りまわって、ファンデーションまみれの精子と卵子の巣窟だと思っていた。中心に立つ馬鹿でかいタワーのしたに、私と私達の知りたいなにか大切なものが埋まっていて、探り当てに行かなければならないと思っていた。

アスファルトが毛細血管みたいに伸びて、ところどころにある小さな公園は私の爪みたいだった。その中で家さえ借りれば白血球とか赤血球とか、なにかひとつの細胞気取りで、ぐるぐる回りまわる東京の近未来に乗れると信じていた

「イーピー」 一部、第一、二連

私小説を思わせる三部構成の表題詩。「馬鹿でかいタワー」のファルスがあらゆる場所と場面で誇示される都市をみながら、その真下にはそれと真逆の傷つきやすい内蔵(白子)が隠され埋められている風景が発見されている。だがそれは掘り返されることなく、書き手は塔のまわりを、近づこうとする加速度をもって円をえがいて落下することしかできない。掘り返すためには手(足)がなければならないが、その爪も細胞もばらばらになり、ことばは毛細血管ネットワークを通してすでに拡散してしまっている。

灰色に均した近未来のにおいを嗅がされて、私達の脳みそはつるつるに磨かれていく。緑に耕されていた頭の中が、今では海のにおいも風景も忘れて、ちかちか輝くタワーの光で目の中まで一辺倒だ。狭い土地の半円でおしくらまんじゅうみたいに人々が飛び込んでは何も無いと気づいていく。均す必要も無いアスファルトを綺麗にしようと必死になる。そういう人々の群れでただ愉快な街になる。

若い私達に気づく目はあるはずなのに、精子と卵子の工作でピンク色のホテルにばかり興味が移って、月と同じ高さのビル、夜を曖昧にするコンビニの灯り、なんの疑問も抱かない。平成という称号、八十九年という時代の事実、ただの数字の羅列だとのたまってはいけないのに。でなければ私は君と出会わなかった。手を繋ぐこともなかった。

「イーピー」二部、第一、二連

「つるつるに磨かれた脳みそ」や「夜を曖昧にするコンビニの灯り」によって均された灰色の風景、それをわたしたちはあまりにもよく知っている。しかしもそれはすでに都市だけの話ではない。地方のあらゆる場所に偏在する巨大商業施設、コンビニエンスストア、飲食店フランチャイズ店舗の提供するサービスと物品のおそるべき画一性を想起するだけで足りる。個人は溶解し、手(足)を失い、ばらばらになった関係性をかかえ、ゆく場所もかえる場所もなくした《このわたし》の物語にみちあふれる二〇一八年の風景がそこにある。

不意に登場する(昭和)「八十九年」が、詩と《いま・ここ》にある現実をつなぐ。
別の言い方でいえば想像力によってしか到達できない、ありえないいつわりの場所へと詩をつなぐ。その存在しえない場所でのみ詩は手(足)を取り戻し、だれかとめぐりあうこと、そして奪われた手をつなぐことがゆるされる。

二年が経つこの木造アパートで、話すのはもっぱらタワーの下に隠された知りたいなにか大切なものの話で、昔はもっと夢に溢れていたような気がするが、もはや私達は知っている。知っているけどそれでも話してしまうのは、あの囁き声が聞こえるからだ。隠されているものなんてとっくに畳の裏で骨になっている。君が居なきゃ何も出来ない鏡張りのトーキョーイーピー。隠された種達の悲痛な叫び。探り当てに行く必要ももはやないタワーのしたで、骨になったあいつを隠す必要もない。

「イーピー」三部、第三連

遠くから見ていた時は輝いてみえたものたちは、手元においた瞬間にその魅力をうしなう。よってわたしたちは不可能にとどまらねばならない。現実の灰色の東京ではなく芋虫たちの夢の中にしかないトーキョーをめざさねばならない。

なにもかもが鏡張りとなった外部化された内面の牢獄の内に閉じ込められたまま、現実にはけして存在しえない場所へどう向かえばいいのか? そのためには、やはり《わたし》だけが見出しうる隘路をゆくしかないのだ――橋本の詩は、そういうことをわたしに考えさせる。

(2018年8月20日)

橋本シオン『ep.』書籍情報(電子書籍)
ep.
出版 キリンスタジオ
発売 Amazon Services International, Inc.
発行 2014年
著者 橋本しおん(※原文ママ)
価格 100円

アルビン・パン『かたちづくる名前たち』後編

八月十七日。関東にようやく残暑らしい涼しさがおとずれている。

さて本日は昨日に引き続き、シンガポールの詩人アルビン・パンの『かたちづくる名前たち』を取り上げる。邦訳が存在しない海外詩人を取り扱う場合、できるだけ《千日詩路》編集部にて訳出を行い、どちらかといえば評よりはこちらに焦点を当て、作品観賞の一助となるようこころがける方針をとりたいと考えている。

前編はこちら

◇ ◇ ◇

さて、前半では三つの人生に関する単語を男女関係になぞらえて表現した詩三つを取り上げた。後半では、二〇一八年に住まうわたしたちにとっては、すでに親戚のような存在ともいえる「不安」「絶望」「挫折」のそれぞれの詩を取り上げてみよう。

「不安」とは、かつて忙しくあちこち飛び回っていた頃に、よく出会った。そういうとき、彼女はいつも私を隣に座らせ、おしゃべりをしたいというのだが、実際に話してみると、いつも大したことを喋ってはくれなかった。いつだったか、彼女に突然真夜中に起こされたことがあった。でも結局私が聞くことができたのは、彼女の呼吸する音だけだった。彼女とはかなり長い間カフェでいっしょに時間を過ごしたが、それは私は彼女がカフェイン中毒であり、自分の声の響きを自分で聞きたいだけだということに気がついてからは、そうすることもなくなった。

「不安」はいつも他人に注目されたがっていた。彼女は皆に悪い知らせを持ってくるのが大好きだった。皆が集まる場では、彼女が他のだれかが気の利いたことを言おうとするちょうどその時、その邪魔をして黙らせるのだった。危機的状況にある時、その部屋でいちばん声が大きいのも彼女だった。彼女のことを無視することはむずかしく、一方彼女はひとの話をほとんど聞かなかった。私は彼女から距離を取るすべを学び、ようやく自分の声の響きを知ることができたのだった。

不安Anxiety」 第一、二連

わたしたちがソーシャルメディアでよく見かける光景でもある。声が大きいこと。ひとの邪魔をすること。そして無視することがむずかしいからこそそれが増幅されること。そのすべてが不安によるものであり、そこに明確な理由が存在しない。わたしたちが自らのこころに「なぜ自分は不安なのか」と問うても、答はない。ないからこそそこにある、といえる。

「絶望」は、たったひとつのことしかいってこない——「絶望」は、自分にお世話をさせてほしいと、そう申し出てくるだけだ。長く、つらく、埃にまみれた路上の旅を続けてきたひとの前に、「絶望」は現れ、彼が用意する道端の日陰で一休みしたらどうかと誘ってくるのだ。ミルクと涙でできたお茶と、ため息でできた焼き菓子をふるまいながら。「絶望」は、まずこういう話をはじめるだろう。つまり、自分がいかにこの静かな場所にたどり着いたか。自分が表通りから外れたのは、すでに忘れてしまったがなんらかの危険な冒険の途上で、おとなしくしていたほうが身のためだということに気が付いたからであり、身を落ち着け、ここに店を構えるべきだという決断をしたからだと。そして「絶望」の客の多くは、もうずっとそこに住んでいるのだと。

絶望Despair」第一連

「絶望」のやさしさはわたしたちにとってよく見覚えのあるものであり、その誘惑は魅力的だ。自分とまったく無関係な他人の生活がインターネットのあらゆる場所から文字通り手元まで流入してくる現代において、常に会ったことすらない第三者の人生との比較を強いられることはそれぞれのばらばらの個人に内的な地獄をもたらし、そこに「絶望」が入り込む多くの隙間があることをわたしたちはよく知っている。

最後に、わたしがこの詩集でもっとも好きな詩である「挫折」を紹介したい。

「挫折」は、皆に好かれる子供ではなかった。彼が生まれた時、その両親ですら失望を隠せなかった。両親が望んだのは、最初の子供である「達成」のように、可愛く、健康的で、えくぼのある赤ん坊であったのだ。そうした期待に反して、「挫折」は小さく、鈍く、血色は悪く、ほとんど笑うことのない赤ん坊だった。赤ん坊を見るために訪れた親類たちも、「挫折」を長い事みつめることはなかった。親類たちは部屋の隅で、何やらささやきあい、頭をそっと振ってみせた。

「挫折」は、孤独な少年時代を過ごした。学校で、「挫折」は優れた資質を示した。たくさんのことを学び、実際にひとに与えられるものをたくさん持っていた。「挫折」は授業で教科書にない多くの質問を投げ掛け、授業の範囲を越えた事柄について知ろうとした。しかし教師たちは、「挫折」を問題児だと考えた。ほとんどの生徒たちは、彼を避けた。「挫折」は変わり者で、そして醜いとの評判が広がり、「挫折」は一人で過ごすようになっていった。

後年、仕事をはじめた「挫折」は、世の中の役に立ちたいと考えた。彼はできるだけ多くの仕事に関わった。新しい案件を先陣を切って始めることに挑戦し、所属する組織でまだ誰も思いついていなかったようなアイディアを発案した。しかしやがて、彼は自分の考えを評価しようとしてくれるものはほとんどいないということに気が付いた。彼が燃え尽きるまでに、さほど長い時間はかからなかった。そして物事がうまくいかなくなったとき、皆はそれを彼のせいにした。そもそも「挫折」がそこに問題があることを最初に発見したことがほとんどであったのにも関わらず。そして「挫折」はやがて職を失うことになった。

挫折Failure」第一、二、三連

どこか宮沢賢治の「猫の事務所」を思わせるくだり。「挫折」はこの後、詩の後半部分で、障害を持つ子供を教える教師である「謙虚」という女性とめぐり逢い、ようやく自分の資質を活かせる場を見つけ出し、やがては結婚する。

だが、ここまでこの詩集をともに読んできた読者には明らかなことだと思うが、これは理解者を見つけることでひとは幸せになれる、という物語ではない。「挫折」も「不安」も「絶望」も、すべてひとのこころのうちにあるものであり、そうしたものにとらわれすぎることなく、これらの諸要素を自分のものとして受け入れ、認め、いま眼の前にある問題に取り組むことによって、よりよく生きる道がひらけるはずだ——著者はそう示唆している。そこにこころが動く人間的なメッセージがある。

いかに生きるかという問いには常に困難がともなう。
詩はとどかぬ理解者としてそこにあるほかない。

(2018年8月17日)

Alvin Pang "What Gives Us Our Names"書籍情報
原題 What Gives Us Our Names
出版社 Math Paper Press
発行 2011年
著者 Alvin Pang (アルビン・パン)
価格 10 SGD

アルビン・パン『かたちづくる名前たち』前編

窓の外には巨大な雲が広がっている。

夏から残暑にかけては、日本に住まうわたしたちにとって喪失の季節であり、終わりなき追悼のための時間でもある。テレビが、メディアが、昨今ではソーシャルメディアが、ありとあらゆる手段でそうした物語を流布しようとする。それはわたしの記憶する限り、もう何十年も変わっていない。だがそうした流布にくみすることなく、それぞれの夏と向きあおう。いまここにある孤立と分断の時代と向きあおう。

◇ ◇ ◇

さて本日わたしたちが取り上げるのはシンガポールの詩人、アルビン・パン。彼は一九七二年シンガポール生まれ、わたしとは同世代に当たる。第一詩集を一九九七年に刊行、それ以降多数の詩の著作を持ち、いくつかの作品は十以上の言語にて翻訳されている。ただ残念ながら邦訳はまだのようだ。わたしの知る限り彼の詩集はすべて英語で書かれ、本日取り上げる『かたちづくる名前たちWhat Gives Us Our Names』はいわゆる小冊子チャップ・ブック、ポケットに入るサイズで、散文詩による詩集。五十二頁に十七編を収める。

なお本稿は二部構成である。後編はこちら

※本稿の訳文はすべて《千日詩路》編集部による

◇ ◇ ◇

『かたちづくる名前たち』では、作品にはそれぞれ「繁栄Success」「情熱Passion」「目標Purpose」等と題名がつけられ、それぞれ擬人化され、物語があたえられている。たとえば上記三名はそれぞれ男、男、女であり、ひそかな三角関係にある。それぞれ抜き出してみる。

「繁栄」は来週あたらしいコンドミニアムを購入するという。彼はすでに自分の部屋を所有し、さらに自分の両親のものも購入している。彼によれば、それは投資目的なのだという。彼はまた自分の両親である「進歩」と「不安」を喜ばせるために、先日も車を買ったばかりだった。彼によれば、二人は近いうちにあらためて世界一周旅行に出かけるらしい。自分自身にはスポーツカーを購入したが、その性能には満足しかねるらしく、新しく買い直そうか悩んでいるそうだ。

(…)

「繁栄」は、いつでも成績優秀で、魅力的な外見をしていた。だいぶ昔の話になるが、同じ大学に通っていた頃は、彼は皆が一緒にいたいと思うタイプの人間だった。当時、彼は「目標」という女性に熱をあげていた。そして二人をともに知るまわりの人間は、彼らは完璧なカップルではないかと考えていた。しかし時がたつにつれ、二人はだんだんお互い会うことがなくなり、第三者の結婚式でたまに会うだけの関係になった。その後、「目標」は自分が愛するようになった「情熱」の後を追って、海外に旅立ってしまった。その「情熱」はもう長いこと行方がわからなくなっていたのだ。

繁栄Success」 第一、三連

一見ショートショート小説のようにも見えるが、こころが強く動かされるものがある。わたしたちの周りにも「繁栄」や「目標」のようなだれかがいた、あるいはおり、そうしたわたしたち個人の記憶がそれぞれの生活にともなって喚起されるからだ。そこには人間同士の関係が不可避的にかわってしまうことのかなしみが透けてみえ、さらにそうした男女に特定の名詞を割り当てることによって、そこにもう一層別の読みの可能性をくわえている。

行方不明になった「情熱」をみてみよう。

もう長いこと「情熱」の姿をだれもみていない。あるものはかれは身を隠しているのだといい、またあるものは海外で住んでいるはずだといい、またあるものは裁判も受けていないのに勾留されているはずと主張していたが、こうした噂話のいずれも証拠があるかといえば、だれも確証を持っていなかったのだった。彼の不在そのものが、多くのものにとっては眉をひそめるような事件だったし、それはさまざまな疑惑の源泉だった。
だが「情熱」自身は、そうしたことを喜んでいるかもしれない。わたしたちが彼を初めて知った学生時代も、彼はいつも奇妙な質問をする男として知られていた。つまり、だれもすぐには答えられないようなむずかしい質問をする男として。

情熱Passion」第一連

そして問題の「目標」は次のような女性として描写される。ここでもやはりわたしたちは既視感を覚える。まったく無関係な第三者の書いた詩によって、時も空間もばらばらになって生きているそれぞれのわたしたちの生活の記憶の中にいるだれか・・・がよみがえる。

「目標」は付き合うのが簡単な女ではなかったが、友人を大切にすることは忘れなかった。彼女とつきあった男たちは、そのほとんどが彼女の高い理想に応えることができなかった。そうした男たちは、いつも自分の側から彼女に別れを切り出した。彼女はいつも、彼らが聞きたいことではなく、彼らが知らねばならないことを伝え、男たちの気持ちを逆撫でした。

なぜ「情熱」と「目標」があれほどお互い強く惹かれ合ったのかわかる気がする。彼女は彼の熱意や集中力に魅力を感じ、彼は彼女が大切にするものや、彼女が自分の道を貫くその毅然とした姿勢に敬意を払い、惹かれていた。彼女は彼の気持ちをやさしく落ち着かせ、彼は彼女が前に生きられる力を与えてくれていたのだ。

目標Purpose」第三、四連

印象的だったのは、「情熱」が「目標」と恋仲になった後、「情熱」のほうはいつしか行方不明になってしまうのだが、その理由も経緯も作品内ではいっさい明示されないことだ。そういうものかもしれないとふと思う。わたしたちがこころのうちにあるものは、いかなるものも理由などなく必ずほろぶということを思いださせる。

数年前のこと、「情熱」はある仕事を手がけるさなか、「目標」に出会った。そしてすぐに恋に落ちた。かれは「目標」と付き合うようになり、その後はあらたな人生にしっかりと取り組み、さらに仕事を頑張るようになった。それが、かれの行方がわからなくなる直前の話だった。

情熱Passion」第四連

(2018年8月16日)

Alvin Pang "What Gives Us Our Names"書籍情報
原題 What Gives Us Our Names
出版社 Math Paper Press
発行 2011年
著者 Alvin Pang (アルビン・パン)
価格 10 SGD

宮尾節子『明日戦争がはじまる』

※本稿は根本正午の個人ブログ「仮象の帝国」を初出とし、再掲にあたって大幅に加筆修正を加えた

今年も、わたしたちはふたたびあの敗戦の日をむかえる。

波が寄せている

白い波が寄せている
何も知らずに寄せている

いつものように
寄せている

着のみ着のまま
白いままで――
寄せている

「波が」 冒頭

――あのひとのことが好きだった、と嘘をいっている。いや、嘘ではない。嘘ではないはずだが、いつの間にか嘘になっている。男女の関係においてしばしば事後的に見出される「好き」という気持ちは、別れを経なければ生じない。「あなたとはもうやっていけない」と女にいわれたとき、はじめて「好き」という気持ちが男のうちに発見され、創出される。

ひとは思っていることとやっていることを同じものにすることはできない。
ひとは書いていることとやっていることを同じものにすることはできない。

◇ ◇ ◇

本日、わたしたちが向き合う詩集はアンソロジーで、これまで取り上げてきた詩集とは少し異なり、ソーシャルメディアで爆発的に拡散された詩作「明日戦争がはじまる」を中心に、著者・宮尾節子の詩を編んだものである。巻末注に「「明日戦争がはじまる」は、著作者の氏名を表示し、改変を行わない限りにおいて、自由に転載・翻訳・朗読・公衆送信することができます」という珍しい但し書きからも、その成立のユニークさがうかがい知れる。宮尾節子は高知県出身、多数の詩集の著作を持ち、朗読をはじめ幅広い活動ですでによく知られる詩人だ。

◇ ◇ ◇

まいにち
満員電車に乗って
人を人とも
思わなくなった

インターネットの
掲示板のカキコミで
心を心とも
思わなくなった

虐待死や
自殺のひんぱつに
命を命と
思わなくなった

明日戦争がはじまる」 前半

複数のソーシャルメディアによって構成される総体としてのインターネット。そこはひとを傷つけることばで満ちあふれている。いや、こういいかえたほうがよいかもしれない。ひとを傷つける無理解であふれている、と。だれしもが理解を毎日もとめてさまよっているが、だれもその理解をえられない。だれしもが理解をえられると誤解しているが、えられるのは理解のかたちをした誤解だけである。だれもが理解を「いいね!」の数に比例してえられると考えているいるが、実際にえられるものはむなしい。これを別の言い方でいえば、だれしもがベストセラー作家はよく・・読まれていると誤解している。それではよく読むとはなにか。そもそも理解とはなにか?

わたしは

かかなかった
戦争詩を。

わたしは

しなかった
苛めを。

(…)

わたしは

とめなかった。

とめなかった

詩の連の改行にあらわれる空隙を、つい埋めたくなってしまう一読者としてのわたしはよごれている。なぜならその空隙を見つめると、さまざまな私的な記憶が喚起されてしまうからだ。それらは子供に「このばか」と叫ぶ父の紅潮した頬であり、家人に「そんなこともできないのか」と叱責する声であり、障害者が駅で困っているところを見てみぬふりをして通り過ぎるクリーニング済みのスーツの香りなどだ。

ひとは「しなかったこと」と「してしまったこと」との間の絶望的な乖離の中に生きている。ひとは「してしまったこと」を、なぜしてしまったのかと考える永続的な問いの中に生きている。答をえることはできないし、答はけして見つからない。そこにあるのは「とめなかった」自分であり、そしてそれは事後的にしか見出されない。

みんな
てのひらになにかのってた
ひびのはんどる
あかんぼう
はくぼく
つちのふくろ
くすりばこ
じゅんばんひょう
(…)
みんな
てのひらになにか
のせてた
みんなでない
からっぽの
てのひらがなにか
いのった
みんなのために

てのひら

だが、祈りはとどくだろうか。いかなる大切なものも事後的にしか見出されないのであれば、ひとはいま手のひらに乗っているものをあたりまえの、つまらないものとしか思わないのではないか。その遅れ、不可避の遅れについて宮尾が知らないはずもなく、この詩作品では一見成立したかのように見える祈りもまた「のってた」から「からっぽ」への推移によってうしなわれることが示唆される。

たとえインターネットでわたしたちはいつでもだれとでもつながっているが、そこには実のところつながりがだれからも剥奪された空虚しか存在していない。そういうことを思い起こさせる。

言ってくれたらと
思うことが、何度もあった

言ってくれたら、そうしたのに
言ってくれたら、そばにいたのに
言ってくれたら、それを買ったのに
言ってくれたら、そこに行ったのに
言ってくれたら、それが分かったのに

惜別」 冒頭

ことばはつねに遅れて届く。わたしたちの理解もまたかならず遅れて届く。この世に、遅延せずにとどくものはなく、わたしたちの祈りはつねに遅れ、今日もソーシャルメディアが傷を無限に再生産し、インターネットに拡散しつづける。《あのひと》がいなくなった場において、あのひとがかえってこない場において、わたしたちはあのひとへ届かないメッセージを送り続ける。

読むことは、その遅れについて知ること。そして書くとは、理解されることのないことばを、とりもどせぬ過去へと送ろうとすることだ。宮尾の詩は不可避の遅延について書く。その矛盾と真正面から向き合った時、ことばは壊れる。それが「戦争」だとわたしは理解している。

(2017年10月2日 初稿)
(2018年8月15日 改稿)

宮尾節子『明日戦争がはじまる : 宮尾節子アンソロジー』書籍情報
宮尾節子アンソロジー:明日戦争がはじまる
出版 集英社
発行 2014年
著者 宮尾節子(みやお せつこ)
価格 1000円+税

葉山美玖『スパイラル』

※本稿は根本正午の個人ブログ「仮象の帝国」を初出とし、再掲にあたって大幅に加筆修正を加えた

夜の店の女たちは名前をいつわる。ほんとうの名前は客の男に教えるべきものではない。大切に隠されたものを、たかが一晩数万円程度の相手に売却はしない。そのいつわりとはつねに細心の注意をはらってつくりあげられるものであり、それをほんものと区別することは、つくった本人にもできない。『マクベス』の魔女を思い出すまでもなく、いつわりこそはほんものであり、ほんものこそがいつわりである。その矛盾、それを希望とよんでみたい誘惑にかられる。

わたしはことばを信用しない
一万円札なんまいかを信用する
あんたが一万円札なんまいかを
いつでも投げ出したいひとがあんたの希望だ

「あまえない」後半

◇ ◇ ◇

葉山美玖は一九六四年東京生まれ、さいたま市在住。本詩集『スパイラル』で第49回埼玉文芸賞詩部門準賞受賞。個人詩誌『composition』を発行している。本詩集の装幀画は藤沢彦二郎の手によるもので、夜の路上で若い女性がひとりで携帯の小さな画面をじっと見つめる姿が描かれている。

◇ ◇ ◇

ひとは、生々しい現実の手応えを人生におけるさまざまな出来事によって掴んでゆく。わたしの個人的な思い出をかたるならば、それは「日本語もろくにできないくせに」と学校でいわれて帰宅する路上にのびる影であり、「あなたが好きなのは自分だけ」といって女が出ていった後にホテルの部屋で煙草を吸う夜であり、「子供と家族を捨てたくせにえらそうなことをいうな」と親戚に説教される午後三時の喫茶店でもあり、十年かけて必死に書いてきたブログを一つ残らず削除した夜のしずけさでもある。

現実、はさまざまな形をとる。現実の手応えとは具体的にどのようなものか。葉山はそれを「自分の足で歩く」と表現している。

父とまたしても喧嘩して
しばらく会わないことにして
靴の裏をぺたんぺたんと
地面にくっつけて歩いていると
私はようやく自分の足で歩くことができた

どこまでも真っ直ぐに
一人きりで歩いて行くことは
自信はつくけれど
とてもとても頼りないことで
私は素直にボーイフレンドの前で泣ける気がした

暗い道路には信号の青が照り映えていたけれども
いつもの食堂は臨時休業だった
部屋の鍵をかちゃりと開けて
たらこと大葉のスパゲッティを茹でて
レタスと林檎のサラダに人参ドレッシングをかけて食べた

「ミント色の靴」 第一、二、三連

現実、または《世界》はさまざまな出来事の断片の総体としてたちあらわれる。ばらばらになったわたしたちの見る現実はそれぞれ大きく異なり、その異なりに気が付かないまま、ひとの生活のなにもかもが暴露されているかのようにみえる現代社会において、すれ違いそのものとなって生きざるをえない。「真っ直ぐに/一人きりで歩いて行く」と決めた書き手の行き先が臨時休業だということは示唆的だ。

葉山の詩集を読み進めながら、自分が夏の朝が自分のもっとも好きな時間であるということを思い出す。もえあがる光が東の地平線から街を覆いつくすその瞬間をきらいな人間がいるだろうかということを思い、そして遠くの夏の個人的なある朝のことをふと思い出す。詩のかたちとなった記憶を通して、自分の記憶があざやかによみがえる。あるいは取り戻してしまう。詩にはそういう力があり、そこにけしてつながることのできないわたしたちのつながりを取り戻す可能性があるのかもしれないということを思う。それは嘘かもしれないが、その嘘は好ましい。

あなたの精液を根こそぎ絞り取った朝
井の頭公園の夏というより春めいた街灯を歩き
各停の始発はゆっくりとよろめき
セーラー服の少女の出立姿を見つめている学生服の少年の
視線にきらめくような陽光が浮かび上がり
そうあれはわたしでした

朝の街灯」 冒頭

だが現実とはそのほとんどの局面において残酷なものであることをわたしたちは知っている。ソーシャルメディアに日々拡散される《このわたし》の物語に目をやれば、生まれなかった子供、こわれてしまった婚姻関係、破綻してしまった事業など、ひとの命をぎりぎりまで追い詰める出来事にわたしたちはけして事欠かないことがわかる。そのそれぞれの困難な人生において、いかり、かなしみ、殺意はもっとも親しい友人というほかない。そして一度生じたそれらはまるで当然のような貌をしてこころの中に居座る。居座ってたまに叫び声をあげる。追い出そうとしても出てゆくことはない。いつでもそこにいて刃を磨いている。それは外に向かう前に、まず自分のこころにまっすぐ向けられている。

私は殺す
五才の時の朝焼けを殺害する
十七才の時のうろこ雲を殺害する
三十二才の時の俄か雨を殺害する
一度コロス度に激しい咳が出る
(…)
人を殴りつけていると
私はどんどん空の電線に縛り付けられて行くようだ

私の咎」 冒頭、結び

わたしがこの詩集でもっとも好きな詩は、次にあげる「IN/OUT」だ。

昨日、先生に言われたこと。

「詩で他人を傷つけてはいけない」
シデヒトヲキズツケテハイケナイ
シデヒトヲキズツケテハイケナイ
その言葉は私を何だか不意に打ちのめした

帰り道に
いろんな人の姿を見て
若い手を繋いだカップルや
自転車に乗った小母さんや
くたびれたベレー帽を被ったお爺さんや

たぶん皆が皆
それぞれの思いを抱えて
くすくすと笑ったり
ビルの影でしのびないたりしているのだと思うと

黄葉し始めた木々の葉っぱの匂いや、
道端の定食屋の油の匂いや、
選挙のポスターの糊の匂いまでが
私の鼻孔に押し寄せて来る気がした

イン・アウト
イン・アウト
呼吸をしているうちに、
私は今、世界と生まれて初めて繋がり始めた

IN/OUT

葉山は、詩で他人を傷つけてはいけない、といわれたと書く。だが他人を傷つけない行為があるだろうか。他人を傷つけないことばがあるだろうか。わたしたちは知っている。この世のいかなる行為も、いかなる感情も、いかなる事象も、だれかの開かれた傷の中からしか生じないのだということを。二〇一八年に生きるわたしたちは知っている。この世のいかなるものも、はてしなくひとを傷つける《世界インターネット》を経由することなしには、いっさい手に入れることができないのだと。

そこに書かれていることは傷こそが世界へとつながる道だということ。その理解にふいに打ちのめされる。そのぎりぎりの場における理解と、それがもたらす目眩をわたしは読者とともに共有する。あるいは、裂け目からしか見ることができないこの世界のほんとうの風景を共有する。

《世界》は傷にまみれている。《このわたし》は傷ついている。その傷からながれる血はことばとなって氾濫し、いまこの現代にみちあふれている。それは詩の読者だけではなくありとあらゆるひとをとじこめる電磁的な牢獄であり、そこから逃れる道とは、「IN」と「OUT」が同時に貼り付けられた裂け目にしかない。

詩は不可能な解をしめした。ひとを傷つけてはならない。だが……の後につづく聴くことのできないことば、それが希望なのかもしれない。それを他人に与えてもらうことはできない。

(2017年9月29日 初出)
(2018年8月14日 改稿)

葉山美玖『スパイラル』書籍情報
スパイラル
出版 モノクローム・プロジェクト
発売 らんか社
発行 2017年
著者 葉山美玖(はやま みく)
価格 1200円+税

大山元『記憶の埋葬』

それほど深くない深度・・・・・・・・・・の波打ち際、そこにわたしたちは立っている。かつてだれかにとって大切だったことばたちはただの石ころとなって、あるいはくだかれた瓦礫となって、波に洗われうちよせる。その忘れられたしずかな光景の上に風が吹く。

あさの光りをすくいあげて
のみこむ時のしずくは
露のしたたりより とおい
目をした風のうずまき

あかるくまぶたとじて
身をよじる木の葉にふれる
むきだしの声にほほえみ
指はくちびるをたしかめる

根源へ

酷暑の週末を超えて、わたしたちはふたたび暑い月曜日をむかえ、九冊目の詩集と向き合っている。

本日の詩集、『記憶の埋葬』は大山元の第一詩集、年齢は七十代、百十二頁に二十三編を収める。著者より頂いたこの詩集について書こうと思っているうちに時間が過ぎた。ただ、わたしが最近ひとの詩集を毎日読み返していくうちに気がついたことは、詩集と(あるいは特別なテキストと)めぐりあうためには、なによりもその時間が必要なのだということだった。それはひととひととの関係が一朝一夕ではできないのと同じで、読むということもまた、不定形の石ころを波打ち際に積み上げてゆくような、不確かでもろい関係性をつくる作業に相似する。別の言い方でいえば、対象を再読リ・リードすることによってのみ、そこに新たな見たこともない自分を発見する《ことがある》

《千日詩路》は、ひらかれたウェブの読者にむけて、詩の紹介を行うサイトである。よってわたしは、詩を特権的に取り扱う磁場から可能な限り離れる加速度をたもちつつ詩集や詩の雑誌を買ったことがない読者にむけてかたらねばならない。だがそれは必ずしも平易な文体を用いることを意味するものではない。

 

おびただしく生きてきて何を見たのか
目で見ただけでは何も見たことにはならない
本当に見るとはことばで強く信ずること
その時はじめて現実はほほえむ

愛憎にあふれたくちびるは裂けはしない
幾たびもかさねてまいちる落下の雪に
ふみ迷う一瞬のふるえが喉元をただよい
にがい声を突き放してほうむる

夜から朝へ墓石のおもさは容赦をしない
ちかづく悲しみをせおったどの死者も
息絶えるうつくしさにきらめくあしたに
待ち受けて見えない斜面を見てきた

寡黙な時間」第一、二、三連

では、そうした読者にとって、「目で見ただけでは何も見たことにならない」とはどのように解釈されるだろうか。個人的な話を持ち出せば、わたしは昨年娘がうまれて、結果として毎日のようにベビーカーやキャリアを使うようになった。その時はじめて、町には子供を連れた親がたくさんいることに気がついた。つまり、目はあったが、認識していなかった。

ろくに歩けない、水も食事も自分では取れない、虫に刺されては泣き、体温調整ができずすぐに熱中症になりうる脆弱な生き物を伴って町中を歩くということ、そのために必要な補給品などをすべて準備した上で外出するのが「子供を連れた親」だが、わたしはかれらの大変さをまったくわかっていなかったので、かれらはかつてのわたしにとっては透明な存在だった。

そうしたことを思い出すとき、「本当に見る」ということばのむずかしさが胸に染みる。だがそのすぐ次に、「ことばで強く信ずる」とある。どういうことか自問してみる。なぜならおそらく強い意思といったものではほんとうに見ることは叶わず(子供をえる前のわたしがそうであったように)、そして著者はそのことを知っているように感じられ、とするとここでいわれている強く信ずれば現実がほほえむということはあからさまな嘘または脚色ではないのかという考えをピン留めし、読み進めてみる。

死のはじらいはガラスの若葉でおおえない
よこたわる棺をかかえてひとり生き残り
憎愛にみちた不協和音が視座をいろどる
目にうかぶことすらないことばで物語る

隠しきれない沈黙のまくあいをまつ
歳月の運命をあやつる二重螺旋に囚われ
帰るところもない風の幻視にからまれ
羞恥が浮く夕映えの空に飛んでゆく

(同上)

くりかえし見えることのないものが強調される。一般的には物理的に触れるものだけで構成されていると考えられている世界は、じつは見ることも触れることもできないことばによってその多くが構成されている。そのことを想像力によって捉えようとしていると感じる反面、ここで隠匿されているのはなんらかのプライベートな、私的な出来事であり、それを自ら解釈しなおし、再読しようとする試みに詩という名前が割り当てられているようにも感じられ、並々ならぬ切迫感がある。

終盤の三連を読む。

こわだかに警告するときの後ろめたさに
ぬくもる無知を一枚の告知として晒し
頭のてっぺんから串刺しにしたことばを
腐るまで抱えて 生きつづけるのか

怒りもなく怯えもなくかすむ立ちすがたに
くらい経験のしずくをすくい取り
だまりこくって笑うだけしか能のない顔で
最後の眠りにまだ 夜が足りないのか

饒舌な無言にふるえる残酷な慈愛は過去に
優雅な憎悪は未来に たえられない
なごりおしい寡黙な首をカミソリで
いま剔れるか!

(同上)

第一連で書き手がついた嘘を、カミソリでえぐり取ろうとする描写。矛盾するものたちがあつまりながら遠ざかろうとする静謐かつ劇的なフィナーレ(饒舌/無言、残酷/慈愛/、過去/未来)。それは沈黙をもとめるがやはり沈黙はえられないということでもあり、ことばを信じることはむずかしく、よって現実はほほえむことなどないということでもあり、あるいは詩を否定してもやはり詩にたどり着くほかないという切実な告白のようにも思える。そうした痛みや歪みを真正面から引き受ける、そこに書くことのさらに手前、いちばんはじめの出来事があったのではないかと推測する。

 

まぶしい夏にこそ死者たちは蘇る
誰にもそれを言ってはいけない
一瞬に凍りつく熱が
くちびるの表面を犯しはじめると
地平線のしたでねむっていた死者
たちは身をよじりながら
苛烈な光りにかおをさらけだす
死斑にただれた肌をたるませながら
瞳孔をひらいてこの世をジッとみつめる
目の前でひろげられる祝福をみているのだ

夏の光り」冒頭

ふたたび相反するものが並列されている。わたしがこの詩集でもっとも好きな詩。
土の中にうめられたものがあばかれる夏のはげしい光が、詩をとおしてあたりに立ちこめる。詩集の全編を通じて色濃く漂う暴力の気配に伴われ、埋葬したはずのものがふたたびよみがえる。「この世に片づくなんてものは殆どありゃしない」とうそぶいた漱石をひくまでもなく、わたしたちは自らのこころに問えば、真になにかを葬ることがいかにむずかしいことか知ることができる。そこには忘れたいが忘れられない記憶の破片がころがり、愛と憎しみがわかつことができないほど混ざり合い、こじれた関係の結び目がほどかれることのないまま放置されている。

かたってはならないことを口にした瞬間、唇は凍りつき、死者たちはよみがえる。だがそれをとめることはだれにもできない。なぜなら、禁じることそのものがそれをあばきたいという欲望を生むからだ。さまざまなものを照らす真昼の光にあばかれたまま、死者たちに囲まれ、かれらとともに現在進行形の死を生きるほかない。

そしてふたたびわたしたちに夏がおとずれる。
知る、記憶する、葬る――そのいずれもがはてしなく困難だという詩とともに、ことばの波打ち際をしずかにあるこう。

 

そのひとは誰も知らない
目の前を通り過ぎただけだから
そのひとを待つだけなのだろうか
知らない過去をもたらして
いったいどこからどこへ

誰でもゆくところは遠く
ひたすら何をおそれるのだろうか
誰もわからずにあるがままに
はげしくせまりくる予感にむかい
生きすぎることが怖いのだ

そのひとは」第一、二連

(2018年8月13日)

大山元『記憶の埋葬』

書籍情報
記憶の埋葬
出版社 土曜美術社出版販売
発行 2015年
著者 大山元(おおやま げん)
価格 2000円+税

長谷川忍『女坂まで』

そういえば
一度とて
肌に触れたことがなかったと気づいた。
不思議だった。
もう長い間親しくさせてもらっているのに
握手ひとつ
交わしたことがないのだ。

今日、あなたから
葉書が届いた。
古い詩集だった。

詩集

本日もやや個人的な話から書き始める。わたしは山の手沿線をそのまま熱帯の海に浮かべたような狭苦しい大都市で育ったが、今年の八月に入ってからの関東の暑さはまるで熱帯か、それ以上に感じられる(なお《千日詩路》編集部は房総半島の隅に位置)。

こうした気候だと幼年時代を思い出すが、熱帯にいた時のことでよくおぼえているのは、そこに昔から住んでいたひとびと、つまりマレー人たちの褐色の肌のうつくしさだ。魅了されていたといってもいい。つややかで、肌理がこまかく、強い雨を水玉のようにはじき、暑さにも強い、そういう肌だ。それは熱帯という過酷きわまりない気候に順応するための肌であり、赤土と森と海と危険な動物相で構成される自然を生き抜くための肉体だったのだろう。

本日の詩集、『女坂まで』は長谷川忍の第三詩集。著者は一九六〇年神奈川県川崎市生まれ、京浜地区の下町で育ったという。「女坂」とは、神社や寺の参道などで、相対する二つの坂のうち、傾斜のゆるやかな方を意味する(傾斜の強い方は「男坂」)。

詩集は九四頁、二十三編を収める。全編を通じて特徴的なのは、読む者の過去の五感の記憶をつよく喚起する文体だが、それがなんによってもたらされているのか、具体的にこれと取り出すことはむずかしい。上の「詩集」という詩を読んで、わたしはマレー人のクラスメイトの背中からうなじ部分にかけての肌のことを思い出したが、それはもう二十年以上前の記憶であり、さらにいえばそのことをいままで完全に忘れていた。いや、喚起されたことによって記憶が創出されたのかもしれない。詩にはそういう力がある。

 

清楚な路上に
蹲っているものがあった。

鳩だった。

蹲っているのではない
死んでいたのだ。

亡骸に触れてみた
それから
慌しく傍らを通り過ぎる
通勤者たちの口元を見つめた。

亡骸を目立たない場所に移し
再び朝の顔のひとつに戻る。

腹の底のほうから
突き上げてくるものを
かろうじて呑み込んだ
久しく忘れていた意志だ
どうしようもない意志
ぼろきれのようなもの。

今夜
ごつごつとした肌に触れた時
鳩の感触が
甦ってきたのだ。

全身を硬直させながら
私の底でじっと蹲っている
塊を引き寄せてみた。

同じように、子供の頃に河口でみた巨大な魚の死骸を思い出す。棒で押すと、水にうかぶそれは丸太のように、ゆっくりと沈んでいった。それは腐ってはいたが、どこかごつごつとしていた。わたしたちの生活にとって不要なもの、いらないもの、おそろしいもの、は、どこか角ばっていて、容易には消えてなくなってはくれない。そしてそうした死骸がわたしのこころのどこかに浮かんでいることを感じる。それは自分が殺したものかもしれないし、他人が殺したけれども自分に責があるものかもしれないし、あるいは自分が見殺しにしたなにかかもしれない。書くことはそれを自らの手元に引き寄せることであり、こころのうちに死を取り込むことでもあるということを思う。長谷川は忘れてはならない、と書いている。それがいかにぼろきれのようなものであろうとも。

 

赤い花がいい
内側からとめどなく零れてくる、抑えきれない、赤
花弁に触れたとたん
赤さだけが
触れた人の内蔵にまで入り込んでくるような。
マッチを擦っている老女にきな臭い懐かしさを憶えた
果実も、雨水も、昆虫も、男も、女も、子供も、空も、川も
体液を塗ったきな臭さがある。

営み

引用した部分の外に、その光景は写真のもので、インドネシアのバリで撮影したものを鑑賞している書き手の姿が示唆されている。だがわたしたちはかつて戦後もの凄い速度で成長したこの国の記憶をも持っている。それは公害で灰色になった大気の記憶であり、きれいに清掃される前の泥まみれの街路の雨のにおいであり、あるいは体液の汚れを隠さなかった子どもたちの記憶でもある。それはもう日本ではほとんど見なくなったものだが、バリ島に重ね合わされる風景は、著者の想像力の源泉がかつてあった路地にあることを示唆しているように感じられる。

「触れる」という詩も、触覚を通じてつよく喚起されるものがある。「汀に/盛りを過ぎてしまった/半夏生の花//ふるえながら/咲いている。//ひっそりとした
つぶつぶの白い花に触れると/忘れかけていた生々しさが/指先の奥から甦ってくる。」なにかを五感を通じて蘇らせることによって、詩がはじまっている。

 

宵の狭間に
カンパニュラが咲いている
濃い花弁を見つめた。
一年経ったのだ。
女坂を下りたところで
身体に溜まっていた
陰を
おもむろに突き放してみた。
昏れていく路地の隅
花の青さが
わずかに残っている。
夏にはまだ早い
春とも違う。
陰は
匂いに被さったまま
こちらをじっと窺っている。

「天神下」

わたしがこの詩集でもっとも好きな詩。詩集の題名の由来でもあるはずだ。
詩集の全体を通して、書き手たる個人の物語が断片的に語られるが、そこにはある一人の喪失が見え隠れする。「一年」はおそらくその喪失より数えた月日なのだろうということを想像するが、それについて第三者がなにかかたるべきではないだろう。

語り手はゆるい傾斜をくだり終えた後に陰を突き放す。そして突き放した陰にみつめられている。陰は花に偽装し、いつか書き手のところにふたたび戻ってくるだろう。女坂までたどり着いた後それを下るにせよ登るにせよ、その背中には陰がぴったりとついてくる。

愛しているのか、愛していないのか。求めているのか、求めていないのか。登るのか、それとも下るのか。その両義的な、曖昧な昼と夜の狭間に花がひっそりと咲いている。うしなわれたあのひとがいる、そしていない光景。その不可能な光景を、想像力によってかくとくする。こころが思わず動く驚きがある。

遅い冬日は
人々と
町をも潤ませる
そんな時
町もひとつの肉体なのだ

暮色

(2018年8月10日)

長谷川忍『女坂まで』書籍情報
女坂まで
出版社 土曜美術社出版販売
発行 2015年
著者 長谷川忍(はせがわ しのぶ)
価格 2000円+税

井上瑞貴『星々の冷却』

個人的なことからかたりたいと思うが、わたしは八月が一年を通じてもっとも好きだ。それはわたしが育った熱帯の島国シンガポールの気候を思わせる。アスファルトの路面は一年を通じて焼けただれ、水蒸気がまるで霧のように街をすっぽりと覆い、はるか頭上を巨人の踵のような雲がゆっくりと横切ってゆくだけの光景。日光の熱をおびたコンクリートは真夜中を過ぎても人肌のようにあたたかく、やさしい。だが、星をみた記憶はない。大都市のビルのはなつ光でかき消され、星はまったくみえなかったのだ。

夜空について書かれたものが永遠なのは冷却されているからだ
星々に隠してきたものがあばかれることがあってもそれは冷えている
猫も家の前の石段を毎回数えなければ登ることができない
真冬には川の気配さえ凍る
あたたかくしてください

「雨は重力の平行線である」といった言葉に出会ったのは四ヶ月前だが
それから五ヶ月たった
戦闘を望む戦争がおわると戦闘を望まない戦争がはじまるそれは冷えている
口には砕かれた会話をつめこんで
なぜ氷のようにとけてしまわないのかと問うばかりだ
冷えているものは冷えているからいい
あたたかくしてください
悲しませてください

星々の冷却

本日紹介する詩集『星々の冷却』の著者、井上瑞貴は一九五五年愛知県生まれ、福岡在住。他に『坂のある非風景』(一九八四年)と『丘の零度』(一九八九年)の著作があり、この『星々の冷却』は、八十八頁、詩二十五編を収め、第四十七回福岡市文学賞を受賞している。

詩集の題名でもある詩「星々の冷却」は巻頭におかれ、一行ごとに切断と跳躍を繰り返す構成によって《このわたし》とそれを取り巻く世界とのさまざまな距離があらわされる。たとえば二連目の一行と二行目、四ヶ月前と五ヶ月の間にあるはずのものは除去されていて、それはまったく切れ目のみえない接ぎ木を想起させる。

冷却された世界は抒情が取り除かれた世界でもあり、かなしみやくるしみのない場所でもあり、あるいはひとを傷つける行為を行わせしめるために人間らしい感情が除去される場でもあるだろう。わたしたちもまたそうした世界を――実利的な意味でも、自らのこころの救済のためにも――夢みることがある。「あたたかくしてください」の一行が胸につきささるものとして響くのは、だれしもが凍りついた感情を溶かすことを望む気持ちを持つ反面、それを行うことがあらたな痛苦をもたらすものだという背理がそこにあることを知っているからだ。

 

いつもの坂道を
きみなしではくだれない坂道としてくだり
これからも触れるであろうぬくもりを
遠くにあって
見出されず、それゆえ失われることもないきみにゆめみた

樹木にてのひらを当て
受話器のかなたに満ちてくる汐の音に耳を澄ました
満たされたものからひとつずつを失う朝までの長い距離を
冷気とともに目覚めつづけた

期限のない地点まで
傘をさして歩く
傘をさしてあるく方法を学びながら
きみとともに、きみなしで傘をさして歩く

これからもひとりだけが坂道をくだり
のがしてしまうためにある希望の各瞬間のために

もうひとりは坂の上に残される
なにかを忘れてもいい時間がながれる
もう思い出さなくてもいい時間がながれる

「そして愛のように虚しさに満たされ」

ひとは喪失をえられるか。あるいは《なくすこと》をえられるか。そういう問いが詩のかたちでそっと置かれている。現代社会に目をやれば、ひとのこころの中心にあるうつほがつくるひずみとしての傷を癒やすために様々な物語が創出されている。二〇一八年のわたしたちは、ソーシャルメディアを通じて大量に拡散される《このわたし》の物語、その傷の様々な有り様について知る機会をえ、その結果としてそのすべてに無関心になった。言い方を変えればそれらはどこかの他人の生活のくるしみに過ぎず、《このわたし》といっさいなんの関係もないものである。だから書くべきものは傷ではなく、傷をつくる喪失その中心についてかたらねばならない。えるために喪失をえる、それが「きみとともに、きみなしで傘をさして歩く」ことだ。

 

人びとのたましいから文化を洗い流す波が雨となっている
わたしは猫と同時に家に帰りつくことがある
視野を横切っていくなにかの翼を折ってわたしは落下できる
心理に降る雨の音符に耳をすますことができる
足跡のない動物の夜の遠い側にすべての猫を放って
同時に帰りつく日の雨に雨以外の音を与えることができる

「猫と同時に家に帰りつくこと」

「人びとのたましいから文化を洗い流す波」がどのようなものであるか想像に難くない。電磁的に符号化されたテキストの波は、それぞれのひとびとの人生そのものの航跡でもあり、その氾濫はめぐりめぐってやがてことばの雨となってこの世界にふたたびふりそそぐ。詩の「わたし」はその波がつくる雨を全身にうけて偶然の猫とともに帰宅する《ことがある》。だが夜のあちら側から足跡を残さないかれらと一緒に家に帰りつけるかどうかは偶然に過ぎず、しばしば帰宅には落下や断絶を伴うことが示唆される。家に一緒に帰ることは難しい。

ひとはたとえば、いつでも故郷に帰ることができると思っている。だがしばしばそこにあるのは形骸化した思い出だけである。かつてあった交友関係は消失し、行きつけの店舗は潰れ、友人たちはみなどこか限りなく遠くそして近いところ(たとえば、ソーシャルメディア上のきわめて上品に加工されたプロフィール写真の中)に移住してしまっている。ひとは、帰れない。帰れるという思い込みがそこにあるだけなのだ。詩は、困難な時代に不可能そのものを記録してしまう《ことがある》。

 

水に映し出されるものを所有し
数千の日付を見送った
深度のない地中をゆく遊覧船にのりこみ
絶景は闇のなかの点滅にすぎないと知った

放棄するものとして抱かれ
植物の盲目によって見つめられたあなたと
目覚めることのないひとつのベッドに横たわる
締め忘れた蛇口が
遠ざかる意識にむかって何かを語りつづける

「流星群」

わたしがこの詩集でもっとも好きな詩。
本稿の冒頭で書いた、わたしの子供時代の記憶だが、実は、見たことがないはずの南十字星がいまのわたしの記憶にはある。だがそれがいかなる場だったのか、いかなる相手と一緒に見たのか、それがすっぽりと抜け落ちている。わかるのはそれは偽りの記憶だということ、後日創出されたのだろうということだけだ。ひとはいつでも、「水に映し出されるものを所有」したがるものだ。それが幻影だとだれよりも知っていても、それが嘘八百だとわかっていても、である。

さからうペンを握り
語るべき最後の数行をあきらめながら句点をうつ
ぼくにない夜空をめぐる挿話の中をわたりながら
あなたの星は
なぜあなたの星は流れるのか

(同上)

だからさからうペンが必要だった。ペンであっても、キーボードであっても、すなわちテキストを記述せしめる道具が必要だった。なぜことばはさからうのか。それはことばが水に映る星の光に過ぎず、星そのものではないことをことば自身が知っているからであり、あるいは、水に映るものに託されているものがすでにどこにもないことを知っているからだ。だからことばは明滅しながら抵抗し、ほんとうにあったことを嘘へと書きかえる。

それでは《ほんとうのこと》を書く方法とはなにか。それはかたることのゆるされない数行をあきらめること、あきらめることによってのみひらかれる架橋の可能性に賭けることであるほかない。

わたしたちもまたいつか流星となってながれる。なにもかも忘れ、だれからも忘れられて。永遠に交わることのない平行線をえがいてながれる流星群のひとつとなって、冷却を生きのびると同時にほろびる――付け加えるならば、たんなる挿話のひとつとして。

(2018年8月9日)

井上瑞貴『星々の冷却』

書籍情報
星々の冷却
出版社 書肆侃侃房
発行 2015年
著者 井上瑞貴(いのうえ みずき)
価格 2000円+税

 

勝嶋啓太『カツシマの《シマ》はやまへんにとりの《嶋》です』

最後の日から半年経つけど
ぼくたちはまだここにいて
日々は穏やかに発狂し
時々は優しく腐敗して
鳩に餌をやっている小柄な老婆を
黒い大きなカラスがついばんでいるのを
日がな一日眺めている

希望の日々

昨日取り上げた奥主の詩集に引き続き、わたしたちはふたたび希望についての詩を読んでいる。だが勝嶋の書く希望もまた無限遠点にあるものであり、けして手元にあり自らを安心させてくれるようなものではなく、体温を感じさせるような灯火でもない。その光はしずかに冷えていて、ぎらぎらと夜を照らす真夜中の不可能な太陽といえる。「だけどもうすぐ来るだろう/きっと何かが来るだろう」という終わりの二行は、最後の日から何日経過してもけしてやってこない希望のかわりに訪れる不吉ななにかを予感させる。

『カツシマの《シマ》はやまへんにとりの《嶋》です』は、勝嶋啓太の第一詩集。著者は一九七〇年生まれ、わたしより五歳年上で、所属は潮流詩派の会(なじみのない読者のために補足すると、詩派というのは詩人がそれぞれ参加するグループで、結社から同好会まで様々な規模と種類があり、全国に多数存在する。潮流詩派の会は一九五五年設立「詩の社会性、批評性、現実性、記録性、風刺性を重視」することを掲げる会)。

この《千日詩路》の前身となったウェブサイト(「仮象の帝国」「千日詩行」)を読んでいた読者にむけて書くと、勝嶋は『今夜はいつもより星が多いみたいだ』を二〇一七年に発行した詩人である。著者によれば、本第一詩集に収められた五十六編は、おもにゼロ年代の十年にわたって書かれたもので、著者勝嶋の三十代とほぼ呼応している。端的にいえば、バブル崩壊後の日本の「失われた二十年」のただ中に書かれたものだ。

こうした時代背景を念頭に置かないじゅんすいな読みもあると思うが、《千日詩路》ではそのようなアプローチを採用しない。なぜならどのような詩集も時代という巨大な潮流の中におり、たとえ著者がどれほど自らの作品の自立性を声高に主張しようとも、時代性から自由であるものなど、存在しないと考えるからだ。

ふたたび詩集に戻ろう。

 

駅前にある掲示板に貼ってある
スズキタカシという
行方不明者のポスターの顔写真が
どうも自分に
似てきたような気がしてならない
三週間前に見た時はそれほど似ていなかった
三か月前に見た時はまったく似ていなかった
しかし
三日前に見たらかなり似てきていた

わたしたちの生活には様々な不気味なるものがあるが、普段はそれを意識しないように生きている。鏡をじっとみつめるとそこには他人がいる。たとえばゼロ年代に青春を過ごした者にとって、不気味さとは、同じ世代のたくさんの苦しみについて見てみぬふりをすることであり、日々起きている同世代による自殺、行方不明、そして暴力を振るう側つまり犯罪者として報じられるニュース、その彼らの年齢と自分とのあきらかな類似性を見なかったことにすることでもある。わたしたちの隣にはいつでもスズキタカシがいる。

似てゆくということは、知ってゆくということ。そしてそれは自らの顔を映す仮象の鏡を手に入れることである。それはいかなるものだろうか?

 

四丁目のカドで見た空が
まるでウソのようだった
まるでウソのように青く
まるでウソのような雲が
まるでウソのようにポッカリと浮いていて
まるでウソのような鳥が一羽
まるでウソのように飛んでいって
まるでウソのような太陽は
まるでウソのように耀いていた

ウソのような青空

だれもかれもがウソつきだ、とは若者の弁である。「大人」であるわたしたちはその若者をわらう。「大人」であるわたしたちは、彼らの幼さをわらう。自由民主党はウソをつき、立憲民主党もウソをつき、メディアはウソをつき、ソーシャルメディアでは作家ですらウソを書く。だがときにウソはとてもうつくしいことがあり、あまつさえ、ひとを救ってしまうことすらある。その背理にとどまることが生きるということであり、若者につたえるべきことは「大人」になるとはウソをつくことではなく、ウソとなるほかないわたしたちの姿を受けいれることだということである。かつて若者だったわたしもウソに救われたことがある、そういうことをこの詩は思い出させる。

 

おじいちゃんは
とても悲しそうな顔で ただ 黙々と
〈そいつ〉を釣っていた
でも〈そいつ〉ときたら
なまっ白くて ぐにゃぐにゃしてて
ぬるぬるしてて ぶよぶよしてて
目もないし 耳もないし 鼻もないし

手も 足も 尻尾もないし
ただ 口だけが ぽっかり あいていて
だけど おじいちゃんは 〈そいつ〉を
何十匹も 何百匹も 何千匹も
ただ 黙々と 釣っていた
悲しそうな顔で 釣っていた

釣りの日の思い出

だが嘘をつくこともできないこともある。死者について嘘を書くことは冒涜ではないか。死者がなにに苦しんだか、なにに悩んだか、なにを乗り越えようとしたのか、それらについて嘘を書くことは許されるのか、そうした問いがある。喪失について考えるとき、あるいは罪の意識について考えるとき、この国の衰退と同時にあらわれはじめたいわゆる特殊な保守たちの存在を想起せざるをえない。それはこの書評を書いているいまが終戦の八月十五日に近いせいでもあり、また勝嶋の詩になみなみならぬ切迫感と痛みが感じられるからでもある。「そいつ」とはなんなのか。なぜ「そいつ」は釣りあげられるのか。そしてもっとも重要なことは、なぜ悲しそうな顔だったのか、そして書き手がなぜそれを憶えていたのか。いや、憶えていなければならない、と思うこと。それがおそらく必要なのだということを思う。

 

少女は 僕の腕を必死に掴んで
鶴を折ってください
鶴を折ってください
と言って 泣くから
ごめん
本当に知らないんだ
と言って
僕は
少女を突き飛ばして
一目散に 走って 逃げた

鶴を折ってください

わたしがこの詩集でもっとも好きな詩である。
わたしは上の連で憶えていることがおそらく必要だ、と書いた。だが一人の個人としては、忘れるということ、罪の意識をも忘れるということ、自分の人生に起こった苦しい出来事を忘却するということ、それもまた大切な、人間の営為のひとつなのではないか、それは許されてもいいのではないか、ということも同時に思う。

上の詩では、書き手が鶴を折らないのは、ほんとうに鶴の折り方を知らないのか、それとも単に知らないふりをしているのかは明示されていない。だがおそらく後者であることが詩の連から考えられる。わたしたちの人生には、この詩のような少女の記憶がひとつかふたつはある。傷つけただけではなく、助けを求めてきたのに拒否したこともあるだろう。

冒頭の「三丁目の来々軒で/ひどくまずいワンタンメンを食べた帰り/四丁目の角で/鶴を折ってください/と声をかけられた/振り返ると/真っ白な服を着た/五歳ぐらいの少女が/真っ赤な紙を一枚/僕の方に/哀しいぐらい真っ直ぐに/指し出していたので」を読むと、真っ白な服、そして真っ赤な紙が示唆している存在、とくに日本人にとってなんなのかついて考えさせられる。忘れるということ、そして背負うということ、そのふたつの間のいずれを選ぶか、答は出ない。少なくとも勝嶋は忘れようとはしていないことに、どこか勇気づけられる。詩は、ただ記録する。

平成という時代は終わりかけている。
共同体は崩壊し、成長神話は霧散し、グローバリゼーションによって世界は果てしなく狭くなり、連帯をもたらすはずだったインターネットはわたしたちを引き裂き、男女は毎日匿名の陰口でいがみ合うようになり、それぞれの場で孤立化が進んでいる。携帯端末の普及によって、ありていにいえばそのインターフェイスの小ささによって、《この世界》と《このわたし》についての読みは断片化し、時系列を失いつつある。わたしたちはばらばらになっている。

そうした時代の中、《千日詩路》は、頬を上気させ大きな声で理念を世間に訴えるのではなく、ただただ粛々と、毎日の書評を通じて詩を――いや、こころを動かし、このばらばらになった世界を架橋せしめることができる、そうしたテキストを書き続ける、作家と詩人・・・・・を応援する。

勝嶋啓太『カツシマの《シマ》はやまへんにとりの《嶋》です』書籍情報
カツシマの《シマ》はやまへんにとりの《嶋》です
出版社 潮流出版社
発行 2012年
著者 勝嶋啓太(かつしま けいた)
価格 2000円+税

奥主榮『日本はいま戦争をしている』

ひとの自然状態ステート・オブ・ネイチャーとはなにか。ふだんわたしたちが目にする報道やソーシャルメディアを経由してつたわってくる事件の数々を思い出す時、それはお互いがお互いに暴力を行使しあう状態である、と書いてみたくなる。だがもちろん、たいていの場合、ひとは平穏な市民生活を営むものであり、そこに流血や暴力が生じることはまれである。暴力と非暴力のどちらをひとの本性とするか、それは世界のかたちを自ら選択することだ、と書いてみる。

あとから思うほど
辛いことばかりでもなかった
ラジオから流れる戦果に歓声をあげ
世界地図に日の丸をたて
いさましさを謳歌さえした

戦況も世界もその実際はどこか遠く
まるで絵空事
滅私奉公の快さに全てを麻痺させ
重箱の隅をつつきあいながら
どれだけの不自由をがまんできるかを競い
これみよがしの誠実さを語り

そうしたことのことごとくが
悪意のない善良さを装い
手首から二の腕へとまとわりつき
ゆったりと自分たちの心を締めつけていき
「立派に死んでください」などと
子どもたちが真顔で口にし
耐えることが生きがいとなり

レクヰエム

『日本はいま戦争をしている』が発行されたのは二〇〇九年。著者は一九五九年東京生まれ。この詩集について多少の解説をすると、これはゼロ年代の日本にいる書き手のものであるが、そこに太平洋戦争のまっただ中の日本にいる書き手が重ね合わされている。この詩集の《戦争》は想像力によってかくとくされたものだ。別の言い方でいうと、太平洋戦争の最中の日本を想像力によってよみがえらせようとする試みだ。いや、より正確にいうならば、この詩集に収められた二十一編に通底するものは、いつの間にかよみがえっていたものについての驚きである。

 

燃えさかる炎の中に投げ入れられる本の群れ
一文字ひともじに願いをこめ織り上げられた物語が
夜空にたちのぼる煙と貸していくさまを
その目で確かめながらエーリヒ・ケストナーは
けして希望を失いはしなかった

つみあげられた

エーリヒ・ケストナーはナチス政権下で著作が焚書にあった作家だが、こうした状況が現在のわたしたちと遠くないように感じられるのは、本を焼くだけが世論を操作マニピュレートする方法ではないからだ。ひとを知らずと操作する方法はいくらでもある。わたしたちは嫌というほどそれを知っている。ひとの気持ちをマニピュレートすることに特化したソーシャルメディアを使えば(そして使わないという選択肢は事実上ない)ひとははてしなく、いくらでも容易に扇動されてしまう。自分とはまったく無関係ないかりやかなしみを、まるで自分のものであるかのように感じてしまうことを、たとえばツイッターをやっていればだれしもが経験しているだろう。

この詩は、単に作家の不屈の精神を礼賛しているのではない。それがいつでも起こりることであり、まさにいまわたしたちの国でも同じことが起きており、あらがうということは現在進行形の課題であるということだ。《いまここ》で戦うことが求められている。だが、わたしたちに、ケストナーが持っていたような希望はあるだろうか。

 

誰にも話すことも出来ないでいるのですが
目を
つぶしたいのです
とんでもないことだとは
思うのですが
内心
御国の役になど
たちたくないと思っているのです
のうのうと生きて
たらふく食い
いいことをして

それ以外のことは
いっさいごめんです

「実は」

徴兵されそうになった若者が、じつは国の役になどたちたくない、と胸の内を吐露する形式で語られる詩「実は」を読みながら、様々な事柄がわたしの頭を去来する。

この国の屋台骨が傾き始めてから、二〇年以上が経過している。技術大国という幻影を粉々に打ち砕いた東日本大震災が二〇一一年に発生し、様々な社会問題の激痛を緩和するモルヒネとしての東京オリンピックが数年後に控えている。表層上は安定した社会の裏側で、表に出ることも、声を上げることも許されないまま、塗炭の苦しみにあえぐ人々がたくさんおり、そのいずれもが孤立している。インターネットでは社会的な弱者が告げ口、暴露、耳目を集めやすい悪口雑言によってかりそめの連帯を行うことが常態化しており、それはある程度成功している。だがひとは絶望によって長期的な連帯をすることはできない。ひとを真につなぐもの……それを希望と書きたいところだが、それこそがもはや《戦争》であるほかないのかもしれない。「それ以外のことは/いっさいごめんです」とつぶやきながら。

 

おかあさま
僕は昨日 柊の壁のそばまで行ってまいりました
先の面会日にお話した
あの広い療養所のそばの生け垣まで
近寄ってはならぬと言いつけられていたことは
けして忘れてはおりません
でも土地の子たちに
都会っ子は意気地なしだと
空襲がおそろしくて逃げてきたなどと
言わせておくのはシャクなので
僕たちにも度胸があるのだということを
見せつけてやりたかったのです

柊の壁

わたしがこの詩集でもっとも好きな詩。「柊の壁」とは、ハンセン病患者が入院していた国立療養所多磨全生園の敷地を、外部と隔離するためにつくられていた壁のことだ。語り手の「僕」は、母親に行くことを禁じられた療養所まで、「度胸がある」ことをまわりに示すために忍び込み、そこで見かけた少女の姿について母親に説明する。すると母親は息子を叱責し、あそこの人間は「不具者は不忠者」で汚らわしいから近寄るなという。その後起こった現実の事件(自民党議員の「生産性」暴言や相模原事件)を想起させるくだりだ。

少年は母親をなだめるため、次のように答える。

わかりました おかあさま
やまいとなることが不忠なこころのあらわれ
この非常時に
天子様のお役に立たぬ身体を持っていることなど
許しがたい不名誉です
年端がゆかぬいたいけな子であるほどに
不届きな血筋をあらわしています
けれど おかあさま
ああしたものどものがいることを知ったればこそ
僕は心に刻みます
不忠さ故に無念に生きながらえる
おかっぱの子の哀しげなまなざしを
そうして  それらのすべてを負い
僕自身は自らの肉体を強くすこやかに鍛え上げ
見事股肱の御楯となり
東洋平和の礎として果てたいのであります

(同上)

「強くすこやかに鍛え上げ」られた肉体を称揚すれば、そうではない病人、不具者、障害者などが切り捨てられる場におのずから加担することになる。それは「生産性のない」ものを切り捨てようとする姿勢とまったく同じものだ。ひとのうちには、ひとつの強さではなく、さまざまな種類の強さ、いまだかたちをとっていない可能性としての強さがある。それらを見ようとすること、それがひとと向き合うということだ。一方、「僕」は、母親をなだめるため、おそらくこころにもない嘘をついたのだろうと思われるが、その彼がたどり着いたことばが「股肱の御楯/東洋平和の礎」だということ、そのあまりのグロテスクさに、身体がふるえるほど戦慄する。作家の書くべきものはこれだ、という書き手の自信にみなぎる二行だ。

 

最後に、題名にもなった詩を紹介したい。

二〇一八年、無料でひらかれたウェブに、マニピュレーターたちが毎日息をするように嘘を拡散させている。一方、詩はその作品において嘘を書け/かない。少なくとも、奥主は嘘を書くことなく、希望のない場所に希望があるなどという絵空事を述べたてることもない。

ただ、奥主はこういっているように感じる。だれかがこの国の《ほんとうのこと》を書かねばならない。わたしたちにはまだできることがある、と。

日本はいま戦争をしている
けしてことばにはされることがないまま
いつの間にか戦争をしているのだけれど
それを誰も戦争と呼ばない
そう呼ばないことで誰もが
戦争をしているのだという事実から
目をそらすことができ
つみの意識からは逃れ
日本はまだ戦争をしていないのだと
そう思いこもうとする

日本はいつのまにか戦争をしていた

日本はいま戦争をしている

(2018年8月7日)

奥主榮『日本はいま戦争をしている』

書籍情報
日本はいま戦争をしている
出版社 土曜美術社出版販売
発行 2009年
著者 奥主榮 (おくぬし えい)
価格 1800円+税