吉田義昭『結晶体』(小野十三郎賞受賞詩集)

愛と憎しみは分光されて、ゆがんだ結晶体から光こぼれる。

◇ ◇ ◇

本日は水曜日。関東は今日も雨だ。読者の皆さんも体調など崩さぬよう。

さて本日の詩集は、吉田義昭『結晶体』。昨日に引き続き、本書は二〇一八年の第二十回小野十三郎賞受賞作、ダブル受賞のうちの一冊。著者は二〇〇三年『ガリレオが笑った』で第十四回日本詩人クラブ新人賞受賞。他詩集に『空にコペルニクス』、『北半球』など。本書は三章構成で、詩三十編を百三十八頁に収め、三章だけが散文詩となる。

小野十三郎賞の選評においては「妻の死やその後の生活などを書くことが自らの生の再発見に繋がった/それを柔らかく表現している点が評価された」とあった。これに留意し、さっそく読み始めてみよう。

この草は雑草であるか草花であるか
その切ない分類法を教えてください
花壇に植えた容姿の逞しさと愛らしさ
私は乱暴にこの草の生き方を
ありふれた雑草と呼んで差別はしませんから

この石はただの石か鉱物であるか
どんな物質でも内部の粒子が規則正しく
自然の法則に従って並ぶと堅く透明に輝けます
人間には強引に私の後ろや私の隣に
身も心も正して整列せよとは言いませんから

あの人間が善人であるか悪人であるか
顔や体型で見分ける方法なんてありません
まして心の表面の輝きや反射に騙されないこと
強く生きるために たとえ裏切られても人間なら
憎しみの対象になってもらえばいいのですから

「石と雑草」第一、二、三連

「柔らかく表現」とは、つまり平易な日本語によるということだと理解される。それは普段日常的に用いられている語彙、動詞、助動詞、語尾活用などの組み合わせによる総体で、しかも意識的な選択によってつくられるものを指す(対義語は「難解で、わかりにくく、硬い」表現)のだろう。ただ、多くのひとが誤解していると思うのだが、「わかりやすい表現」というものはない。そうみえる表現はある。つまり、いかなる表現も読解はむずかしく、ほんらいわかりにくい。

話がそれた。著者が「雑草であるか草花であるか/その切ない分類法を教えてください」と書くとき、それがなぜ切ないか、簡単に答えることなどできない、ということを書きたかったのだ。

つまり、雑草と草花の差は恣意的で便宜的なものに過ぎず、それは超越的な第三者が勝手に決めて(た)いるものであり、連の最後においてその分類は「差別」だと示唆されている。それが切ないのは、わたしたちは言語のうちで知らず知らずのうちに自然と分類をしていて、そうすることなしには対象をひとつも識別できないからだ。ことばの編み物たる現実は光と影の軸がなければ成立せず、光をつくればかならず影ができる。その時光と影のあいだには、複数の陰影の度合いという差異の数々が創出される。そのわたしたちの在りようが切ない、と詩は書く。さらにいえば、そこには差別は不可避である、という示唆がある。

そうしたこの世の理が、柔らかいことばで語られている。だが、それが柔らかい、平易なことばで書かれているがゆえ・・に、わたしたちはそこに書かれることのむずかしさに、しばしば気がつかないことがある、ともいえるかも知れない。

二連。石と鉱物の違いが、ひとの従属的営為にかさねあわされる。詩は「整列せよ」とはいわない、とかたっている。だがその一方、鉱物の価値とは、「どんな物質でも内部の粒子が規則正しく/自然の法則に従って並ぶと堅く透明に輝けます」とあり、つまり、従属こそが鉱物を石からわかつものであり、それによって初めて価値をもちうる、ということが同時にかたられている。それはひとはなにかに従属することによって輝くことができる、と読みうるだろう。

三連。ひとの心理の綾に踏み込む。詩によれば、善人と悪人の違いを見分ける方法はない。なぜか。それは相手をみるとき、それは「心の表面の輝き/心の反射」であり、自分の姿がそこに投影されていることに気が付かずに、勝手な思い込みを持ってしまうからだ。だから裏切りは不可避であり、自然なことだ。詩は「強く生きる」と説くが、それは憎しみによってのみ成立するようなねじれた強さでもある。

こうした人間的、心理的な事柄に対する詩の洞察と哲学に基づき、かたちを与えられる矛盾。それはありとあらゆる角度から光をうけてきらきらと反射する結晶体にも似て、重層的な読み応えのある詩作品となり、柔らかい表現にてかたられてゆく。

目覚めが悪く卵がじょうずに割れません
殻が固いのか柔らかすぎたのか
殻の強度と純白さと床に落ちた危ない形が
私の気持ちと合わなかったというか
私が不器用な夢の続きをみていたというか

生物学的に無精卵であると見破り
卵がなぜ殻や膜で包まれているか
人差し指に白身の優しさと生暖かさが触れ
黄身と白身を混ぜた色の変化を想像したり
形の美しさに見とれていてまた失敗しました

それでも私は男らしさを気取り
指の力を強くしすぎたのかもしれません
力を弱くすると人間として堕ちていくようで
なぜか弱い自分を認めたような気もして
私の人生は柔らかさの加減が難しかったのです

「卵の心理学」第一、二、三連

目覚めが悪く卵がじょうずに割れません、を別のいい方で読んでみる。それは自分が理解していないこと、知らないこと、目覚めているのに目覚めていないような状態で生きるほかないこと、などが夢をみている《わたし》によってかたられている。

卵は可能性、生命、未来など、食物としてというよりも、そこから生まれいづるはずだったものたちのイメージをもち、「いかにうまく殺すか」とつぶやくわたしたちの横顔もみえてくる。そこでは殺すことはよろこびであり「男らしさ」でもある。だがそれは「弱い自分」を認めないことによって成立する虚構であることもまた示唆されている。連ごとに複数のアレゴリーの飛び石のような跳躍が重ね合わされ、めまぐるしく語り手の姿が変貌し、読む愉しみがある。

何もすることがない夏の朝
ここ数日私は何をしていたのかと考えた
緑の固い葉の上から
ひっそりと落ちてくる水滴ひとつ
土に強く根を張る草たちを引き抜きながら
この草にも名前があるのかとも考えた

この葉のつきかたも葉脈の線も美しい
葉の固さも根の張り方も人間的で
自分を守るように生きているとしか思えない
私には自分の生活の強さも弱さもわからない
空に向かってこの草は根から茎と葉が
一途に頑固に真っ直ぐに伸びていたのだ

見上げると青空に流れる雲
雲にもひとつひとつ名前があるのだろうか
木にも花にも石にも名前があるのだから
私の周りのものすべてに名前があるに決まっている
この草にもきっと名前があるはずだ
私のこの一日にも名前をつけてみようかと考えた

「草の名前」第一、二、三連

ふたたび名付けという行為について。草を抜くことは殺すこと。それもあくまで便宜的に、自分のためだけにそれを行うこと。その草に名前をつけようとすることは、生きるということは他害にほかならないということであり、それを直視することであるはずだという声がきこえる。

だがもちろんその草には、おそらくなんらかの名前が最初からついている。その名前は特定の言語の枠組みの中において恣意的かつ便宜的に分類され、図鑑に掲載されているだろう。だが、詩は一度その名前を忘れ、それを思い出すことなく・・・・・・・・あらたに名付けるその現場を描いている。

第三連で「私のこの一日にも名前をつけてみようかと考えた」とあるように、名付けるという行為が自分の過ごす一日に重ねられている。それは名前を思い出すことすらできないわたしたちの茫漠たる人生の一日一日に、あらたに意味を創出しようとする試みだと読める。いや、つけてみようじゃないか、という著者の誘惑にみえる。そこには間違えること、誤読への誘惑があるとも読める。

波の音が聞こえてきます。海鳥の声も響いていました。私と妻は盲目の少年の手を引いて歩いていました。偶然に私たちが結婚して住んだ家の近くに、妻の教え子の実家があったのです。その教え子が離婚して戻ってきました。彼女は盲目の少年と一途に育てていたのです。

風の音も聞こえています。「僕はまだ波も海鳥も見たことがない」と少年は呟きました。人の笑い声や猫の鳴き声も聞こえてきます。こうして三人で歩いていると、通りすがりの人たちには、幸福そうな親子三人、いや、孫を連れた老夫婦に見えていたのかもしれません。

柔らかな風でした。猫の鳴き声が大きくなってきました。「けれども僕はまだ、猫に触ったことがない」と少年は呟きました。母親は入退院を繰り返していました。そして夏休みには、時々、少年を私の家で預かったのです。しかし家の中にいると不安そうで、いつも外に出たがりました。

三人で村の民俗資料館に行きました。水車の話をしたら、触ってみたい、なぜ水で水車が回るのか、と尋ねてきたのです。昔の村の写真を観てきました。農耕具や土器や水車の水にも触ってきました。母親はまだ幼かった少年を、美術館や博物館に連れて行ってあげていたようです。

「波と少年」第一、二、三、四連。

ここからは散文詩となる。第一章、第二章とは異なり、具体的なだれかの喪失のイメージが色濃く反映されている。それは著者がいうように家人なのだろうが、どちらかというとわたしは、とある女性が詩の語り手として想像力の場へ召喚されている印象を持った。

この「波と少年」はとても好きな詩。近所に住む盲目の少年が少しずつ世界を知ってゆく手助けをする老夫婦の話なのだが、そこに世界のあり方を知ることの喜びと痛苦がそっと重ね合わされてゆく。「少年はまだ、母親の死を知りません」で終わる最終連は残酷で、知ること、知らないこと、どちらがよいことなのか、その答は示されず、そこにはふいに突き放される感・・・・・・・がある。読者もまた波の前で「なぜ」とつぶやいてしまう――問いに意味はなく、答などあるはずもないが。

空にかすかに星が滲んでいた。その夜、私はバスを一区画だけ乗り、怯えるように降りてしまった。このままバスが空へ舞い上がっていく気がした。閉じ込められた息苦しさを感じた。鼓動が早くなった。全身に熱い血が流れていくのを感じた。体が震えだした。背中を誰かに押されている気がした。

歩道を歩いていると、突然、「生きる」という声が聞こえてきた。確かに私の声だ。国道のアスファルトが雨に濡れ、車のライトが虹のように滲んでいた。「生きろ」と今度は小声で呟いてみた。すると、「生きろ」、「生きろ」と、私の声が冷たい空に反響して聞こえ、涙がさらに溢れだしてきた。

「家族という病」第一、二連

「生きる」が「生きろ」と誤読されている。それは自分が生きるために書き続けてきたものが、いつしか自分を生かしてくれていたという驚きでもあり、またそれは自分を救うために書いていたものが、いつまにかどこかにいる無関係な第三者の人生を救ってしまうことがある、という誤読による奇跡を信じることでもあるように思う。その誤読、ずれを見出してゆくこと、《読む》というありえない奇跡を信じることが、書くということだということをあらためて思い出させてくれる。これもとても好きな詩だ。

◇ ◇ ◇

最後に、わたしが本詩集で一番好きな詩を。詩集の題名ともなった「結晶体」
だがこれも引用なしとしたい。読者の皆さんも、機会があればぜひ書店や図書館などでぜひ手にとってみてほしい。

「結晶体」

(2018年9月26日)

吉田義昭『結晶体』書籍情報
結晶体
出版 砂子屋書房
発行 2017
著者 吉田 義昭
価格 2400円+税

西岡寿美子『シバテンのいた村』(小野十三郎賞受賞詩集)

忘れたものを思いだすことなく、うつほに今日も風が吹く。

◇ ◇ ◇

さて本日は三連休明けの火曜日。肌寒く、一日雨が降っている。

本日の詩集は西岡寿美子の『シバテンのいた村』。著者は一九二八年高知県生まれ。一九六三年より詩誌「二人」編集発行。一九七四年『杉の村の物語』で第七回小熊秀雄賞。一九九五年『へんろみちで』にて富田砕花賞受賞、他詩集多数。本詩集『シバテンのいた村』にて、第二十回小野十三郎賞を受賞。

詩の賞には有名なH氏賞以外にさまざまなものがある(そのうち特集を組みたいと思っている)。《千日詩路》が取り上げた詩集では、先日取り上げた『九月十九日』(#0028)が同じ賞を受賞しているので参考にしてほしいと思う。

本詩集は二十九編を百二十八頁に収め、賞の選評では「高知の土着的風俗性と、長い生涯から醸成された突き抜けた人生観が絶妙に溶け合った、比類ない秀作」とあり、各報道向けの発表では「妖怪や生き物との交流を、生き生きとした言葉遣いで描いた」とある。そうしたことを頭におきつつ、読んでみよう。

キンモクセイに十二
モッコク マキの下枝に五
今年わが庭から十七のセミが生まれた
恐らくクマゼミであろう
ふた昔まえはアブラゼミが主であったが

ツクツクボーシやカナカナを
ここから巣立たせたいとずっと願って来たが
それは叶わないことらしい
あれは種の中でも霊的な存在で
選ばれたどこかに彼等の聖地が卜されていそうに思える

数を頼むことなく
他が競う油照りの昼には声を発せず
人や鳥や虫のまだ起き出さない暁闇や
大方が黙す黄昏時にひっそりとうたを届ける
カナ カナ カナ カナ と
ツクツクボーシ ツクツクボーシ ツクイヨー ツクイ と

内に籠る声の質からか
耳を潜めさせる間の取り方からか
何よりうらさびしげな独りうただからであろう
あれらの声を聞くと遠く逸らせたわが心が
うつつの世界へ呼び戻される

「ことづて」第一、二、三、四連

硬質な文体でかたられる《私》をめぐる風景。そこに土からわきでてくる(かのように思える)虫たちの声が重ねあわされる。題の「ことづて」はことばを伝えることだが、空気を震わせてすぐに消えてゆくであろう音が、さまざまな生き物の肉体を経て受け継がれてゆく様子をみることができる。その「うつつの世界」は虫とひとが等価にならべられている場であり、ツクツクボーシやヒグラシを庭に待ち望む著者の姿はどこか孫の誕生をこころまちにする者の姿を思わせる。

詩はめぐりめぐる円環的な生を祝福しながらも、そこにはどこかかなしさがある。伝えられるべきものは失われ、失われたことそのものもまた失われることを詩は知っている。その気付きは、幹についた空蝉をとくに意味もなく数えてしまう姿にあらわれている。生まれるもの、死ぬもの、その数をわたしたちは忘れてしまう、いや忘れざるをえないからだ。

詩集全体を通じてあえて選ばれているとおぼしき語尾の硬さ(「あろう」「あったが」)は、なにか・・・への永続的な距離、抵抗を示唆しているのだろうと感じる。だが、そのなにかを第三者が著者にかわってかたることはできない。

幼児には
大人には見えない仲間が
駆けて来るのが見えているのに違いない
あんなにも足を踏ん張って
腕を輪っかにして一所懸命に待ち受け
後ろざまによろめきながら抱き留めると
実に嬉しげにワッワッと押し合うのだから

ある時はまた
長いことしゃがんで見入った後
誘うのだか釣るのだか
側溝の割れ目にそろそろと手を差し入れる
そんなところには何もいないよ
などと大人は口を挟んではいけない

ごらん
心を澄ませて彼は何かを誘い出す
たとえばシーラカンスのようなもの
ドラゴンの仔のようなもの
小さな神コロポックルのようなもの
手のお椀をくすぐるのはこの地上の生き物ではない

「春」第一、二、三連

詩はふたたびみえないものをめぐっている。だが幼児だけにみえるものなどがほんとうにあるだろうか。すこし注意深く読んでみると、この詩でかたられる「見えない仲間」は、「側溝の割れ目」や「手のお椀」、つまり空白そのもののことであることがわかる。それは物自体を触り、味を確かめ、吐き出し、壊してしまう幼児の仕草にそぐわない。

幼児はことばによってはてしなく分解される前の世界、あるいはその過渡期たる混沌たる場に生きており、そこに空虚、うつほを見出すことができるのは幼児ではなく、その姿を借りてかたっている著者に違いない。その発見された欠損が「春」と名付けられている、と読める。その春を呼び寄せるために幼児という装置が用意されている、といってもいいのかもしれない。おそらくその子にも現実に詩のモデルとなった人物がいると思われるのだが、ここでも徹底してある距離が保たれている印象をもつ。

桜の花の散り屑がそこに吹き寄せている
わずかな風が
まだ温かな色を残したそれらを揺り上げ
揉みながら岸へ押しやる
花びらや萼や花梗や
可憐なものらがその度に搓られて
やがてまことの塵屑になるのであろう

何時も
そこには小さなつむじ風が立っている
坂の半ばの道の岐れ
家と家の間の
空き地とも言えない空き地

なぜわたしはそこを見るのだろう
誰もいない
見るべきものがあるわけでもない
西と東と
下から上へと
十文字に道が交差して
ほんの少しはみだした袋のような余り地を

晩秋から晩春までの肌寒い季節に
ここに自転車に大筒を乗せてやってきて
路上で火を燃やし
不思議な商いをする人がいた

少量のザラメをまぶし
ポン と大きな音を響かせると
金網の筒一杯に弾け膨れた黍や米や豆
坂の家々を爆発音が貫く
すると縁日でもあるかのように
何となく人々が寄って来て

「風を見る」第一、二、三連

ふたたびみえないものをみることがかたられている。そういえば、わたしは著者が育ったという高知県に足を運んだことはないのだが、房総半島の片隅にある地方都市でも似たような閑散とした光景があることは知っている。「家と家の間の/空き地とも言えない空き地」が街のあちこちにある空間であり、「なぜわたしはそこを見るのだろう」と思わず口ずさんでしまう瞬間がある。著者にとって詩は、みえないことそのものにかたちを与える営為なのだろうということを思わせる。そしておそらくは、なぜ書くのだろう、と常に自問し、現実からの距離をとりながら。

次の詩「花を」では、著者はかつてふるさとと呼んでいた街に墓参のために帰る。

墓参花を抱くわたしが
これから歩ごとに見なければならないのは
更に更に痛い風景である

六十戸の人家は七戸に
三百人の住民は十二人に
棚田段畑の九分九厘まで山に還り
植林の下闇に二つずつ青光るのは棄畜の目か
化鳥さながら梢に叫び翔ける
野生化した家禽の群れはこの世の景とも思えない

住民は屋内に老い屈まってか
無音の陽の下
滅びへとひた向かう集落
――ここがわたしのふるさとだ
この国の山地集落大方の現在だ

丸ごと墓山となり行く父祖の地へ手向けるには
あまりに些少な供花をわたしはどこへささげればいい

「花を」第四、五、六、七連

そこで著者が発見するのは欠損による痛みである。それを本邦の地方に住まうだれもが共有している……と書いてみたいところだが、じつのところ詩はその欠損が、経済的要因あるいは社会的要因によるものではないことを知っている。それは空蝉の数を数えることができないのと同じように、ただ世界とはそうであり、これまでも、これからも、ただただわたしたちと無関係に起こり、わたしたちのあずかり知らぬところで勝手に・・・滅びるものだからだ。それは無慈悲な光景でもあり、だがどこか、浜に流れ着いた流木の塊のように、グロテスクでうつくしい。

そのみえないふるさとに意味をなくした風が吹きすさぶ。そしてそのうつほの場に不可能な花をたむける、それが詩の仕事だ、と著者はいっている。とむらえないものをとむらうことが詩になっている。その所作にこころをうたれる。

◇ ◇ ◇

最後に、わたしがこの詩集でもっとも好きな詩を。
小野十三郎賞の選評では、「長い時を経て初めて獲得される詩があることを深く実感させられる」ともあった。それには同感せざるを得ない。やや内輪向けのことばを少しだけ書くとするならば、長い人生を経たときはじめてえられるさとりと気付きの凄みに近づくために若手(または新人)詩人にできることは、愚かさそのもの・・・・・・・となって抵抗することでしかないのではないか、ということを思った。

この土地では
命尽きることを「満てる」という
生の極みの意であろう

わたしがこの言葉に接した最初は
病んでおられた師について
仲間のお一人である長老からお知らせ頂いた時だ
――先生がただ今お満てになりました

若かったわたしは
泣きに泣いて場の貰い泣きを誘ったものだが
それでも初めて現れとしてわたしに来たこの事態から
類い稀に広々と豊かに実り
まさに満ちた師の全体像は過たず受容した気がする

いまひとつ
四十年来の友がふと洩らした
――わたしこの頃熟れ満ちた気がするの

失礼ながら粗忽人で軽躁と見えた
その人にしては過ぎた言葉に
密かに顔を窺わずにはいられなかったものの
期するところのある人の決然とした口ぶりは
わたしの疑義を制する威があった

あの時
ふふ と含み笑いした友よ
嬉しげにも
幾分悲しげにも見えたその笑みは
彼女の中に満ちてきた
有無を言わせぬものの力であったのか

日ならず友は急逝し

喘ぎ喘ぎ歩いてきたわたしの長旅も
間もなく果てが見えて来ように
経てきたいずれの道程もことごとく瑕疵と恥まみれだ

時はやがてわたしをも満てさせてくれようが
未だに何の啓示も受けぬこの不覚者のことなら
人並みに満ちることは難しかろう
まして従容と出で立つことなど望外の夢であろう

熟す心地は
急か
徐々にか
自ずから湧いて満ちるのか
何者かの教示を得てか
思えば友にあの時押しても聞くべきであった

「一つの言葉から」全文

(2018年9月25日)

西岡寿美子『シバテンのいた村』書籍情報
シバテンのいた村
出版 土曜美術社出版販売
発行 2017
著者 西岡寿美子(にしおか すみこ)
価格 2000円+税

森水陽一郎『九月十九日』

ひとは自分のうまれる国を選ぶことができないが、ふるさとは選ぶことができる。ふるさととは、後天的に見出されるもの、自らの手でえらびとられるものである。

◇ ◇ ◇

さて本日は金曜日。少しずつ風が肌寒さを増し、我が家では娘に一枚厚着をさせた。わたしたちはこうして少しずつ老いてゆくのだ。

本日の詩集は、森水陽一郎の『九月十九日』。著者は一九七六年生まれ。二〇一二年「青い意志」で第三十八回部落解放文学賞詩部門入選。二〇一五年に発行された本書は第一詩集で、第十八回小野十三郎賞を受賞。詩二十九編を百六頁に収める。また、二〇一八年には第二詩集『月影という名の』を上梓したばかりだ。

詩集に入る前に、初期の詩「青い意志」を読んでみよう。

僕たちは城下町を蛇行する
それぞれ別の川のほとりに、生まれ育った
田んぼに神社、寺に公園
ただ一つ異なるのは、君の村に
牛皮にまつわる歴史が生きていたこと
かつては別の名で、皆から呼ばれていたこと

僕たちは高校で出会い、三年間同じクラスで
馬鹿を言いあい、笑いあい、ときに背中を向けた
そして高校生活、最後の冬休み
僕たちはゴム手袋をはめて、頼まれたわけでも
アルバイトでもない、君の村でのドブさらいに
顔をほころばせて、奉仕した

夏に忍ばせた、二十個ばかりの白い小石は
すでに牛皮を染める、鼻につんとくる染料で
空の色に、ほの青く染まっていた

そうして卒業とともに、僕たちは村を離れ
一つ目の青い石を、アパートに庭先に埋めた
異国の旅先で、見知らぬ自分と出会うたびに
ポケットのなかの小石を、減らしていった

「青い意志」第一、二、三、四連
『部落解放』六六五号

とくに眼をひくのは、「僕」と「牛皮にまつわる歴史」がある村に住む「君」の境界線がぼかされ、溶け合う様子をみせる三連、だれが・・・忍ばせたのかわからない二十個ばかりの白い小石がいつの間にか青く染まっているくだりだ。当時の選評を読み返すと、「単純に差別反対という従来のスタイルを超えて、差別反対と向き合う、自分の内と読む人という外に同時に問いかける」(金時鐘、『部落解放』同号)とある。わたしも同じ感想を持ったが、つけくわえるならば、ここにはわかたれているものをわかたれる前の状態へと還元しようとする意志または戦略がうかがえる。それは別のことばでいえば、差別する者がそのまま差別される者と同一であるかのような場のことである。

それでは詩集のほうへ。

私が死への行脚を始めた九月十九日
正岡子規は長年の床ずれから解放され
アルプスの氷河に横たわるアイスマンは
五千三百年の眠りから揺すり起こされた
スヌーピーはご自慢の住処から火を出し
壁にかけたヴァン・ゴッホを失い涙した

(…)

シナプスの電子の網張り巡らされた
百科事典に列挙された九月十九日が
いまこの瞬間にも、三年後にも
はたまた二十億光年後にも
匿名も、無辜の書き手に塗り替えられ
終わりなき絵巻物の白波を打ち広げていく

「九月十九日」第一、三連

巻頭詩でもあり、詩集の題名ともなった詩。一年を三百六十五日に分割し、そのうちのひとつを抜き出し、その日に起きた歴史的出来事を、ウィキペディアからの引用(「電子の網張り巡らされた/百科事典に列挙された」)で重ねる。

ある日付に特定の意味がほんらいあるはずもないが、わたしたちはなんらかの意味をもとめるものだ。それは誕生日であったり、結婚記念日であったり、なにかを喪失した日であったり、あるいはなんらかの大切なものをえた日であったりするからだ。そしてその幾億の物語はそれぞれいっさい重なることなく、あらゆる意味を喪失したまま堆積してゆく。そういう様子が絵巻物の白波になぞらえられる。

ふだん特権的にあつかわれるべきもの――そこには詩も含まれるが――がきわめてなにげない身振りで、その他大勢のひとつとしてあつかわれていることに著者の膂力を感じる。

分けへだてなくやってくる
いたずら心で、へその緒をねじらせる
うつぶせに寝かせて、そっと口ふさぐ
ベランダに置かれたクーラーボックスに
意気揚々とのぼらせ、手すり乗り越えさせる
ボール追いかけ、ブレーキ音に連れ去られる

(…)

たかだか百年と、マントルがほくそ笑み
さりとて五十億年足らずと、銀河の星たちが
こぞってせせら笑い、沈黙に還るとき
宇宙のへりを押し広げる息吹の風が
墓地の片隅で薄桃色の揺りかごを編み上げる

「息吹の風」第一、三連

第一連、胎児から児童までの事故死の原因が列挙される。「青い意志」と「九月十九日」でもみられた、対象を直接的に描写するのではなく、ほんの少し迂回して接近してゆくかたり口が魅力をあたえている。その「ほんの少し」の微細な匙加減が技巧なのだが……くわしくみると、隠された主語はそれぞれ(胎児)、(乳幼児)、(幼児)、(児童)であるだろう。

ひとはだれでも偶然の「分けへだてなくやってくる」死と隣合わせであることを知っている。その摂理は残酷でも無慈悲でもなく、ただそうであるというほかない。それが風、可能性のへりを押し広げ、あたらしい命を呼び寄せる息吹としてえがかれ、そこに墓地で編み上げられる揺りかごがあらわれる。とてもうつくしい連だ。

個を識別する顔はなく
他者とつながる手足なく
涙あふるる瞳なく
行くあてを指す触角もなく

シナプスの網描く脳はなく
痛み走らす中枢神経なく
未来を託す生殖器なく
言の葉持たぬ口はあるが
肛門はないチンウズムシよ

(…)

そして穢された真一文字の
聖痕を首に刻まれた若人たちの声は
時勢の偏西風にかき消され
すでに二十有余年
若狭を見下ろし頑強にうずくまる
知恵の菩薩を名乗る出口なき
不死の金食い虫に、群がる白蟻たちに
無慈悲にかき消され

「チンウズムシ」第一、二、四連

わたしは知らなかったが、珍渦虫(チンウズムシ)というのは実在する虫で、バルト海など一部海域でしかみつからないめずらしい生き物なのだそうだ。第四連にふいに登場する地名「若狭」や「知恵の菩薩」や「不死の金食い虫」が意味するものを考えたとき、この虫がなぞらえられているものがみえてくる。

ふたたびわたしたちは、その他大勢の「個を識別する顔」のない虫けらとなって世界の前に平等に立ちすくむかたりを目撃している。そこでは、反原発(および「反」をかかげるあらゆる煽動的営為)という安易なことばを使うことによってうしなわれるものが示唆されている、とも読める。金時鐘が示唆していたように、向き合う、とは、人間をイデオロギーや主張で二つにわけることができるという決定的かつ重大な誤謬を抜け出すこと、あるいは、自分もまた一匹の顔のない虫けらに過ぎないのではないのか、という勇気ある認識をえることだからだ。

最終連は「出口なき円環の浄化を夢見る/心持たぬ鋼のチンウズムシを/沈黙の揺りかごにひしと抱きかかえ」で締めくくられる。その結論または夢にふかく共感する。

母は近づくなと釘を刺したけれど
僕たちは毎日、橋の下の
青いビニールシートと端材で組み立てられた
ちっぽけな小屋に暮らす白髪の
山羊ひげの老人に会いにいった

表紙がぼろぼろに破けた
しみだらけの聖書をひらき
いくらかしゃがれた、酒やけした声で
得意満面、神の言葉をといた
流木を削り出したお手製の
不戦の勲章を、胸にぶら下げて

(…)

僕たちはうつ伏せに浮かぶ老人を
なかば恐れ、期待しながら
河口まで自転車をこぎ進め
夕日に染まる欄干に、身をもたせかけ
心静かに捧げたのだった
父のポケットから抜いた一本のタバコと
あなたを最後まで縛りつけた、一輪の菊花を。

「橋の下の聖人」第一、二、五連

差別、原発……そして戦争。ふたたび「反」をめぐる詩、そういいたくなる読みの貧しさを避けてゆきたい。山羊ひげの老人は、自らかたるところによればかつて赤紙による徴兵を拒否し、投獄され、いまはホームレスとなって少年たちの好奇心の対象となっている(「若きあなたは、赤紙から逃れ/冬の山野に身をひそめ/山狩りに駆り出された、血気盛んな/首を縦にしかふれない犬たちに/取り囲まれ、とがった竹やりでつかれた」)。ある秋の日、立てつづけの台風に襲われ、老人はペットの猫と行方不明になる。最終連は、少年たちが老人を探しに行くくだりで幕となる。

「なかば恐れ、期待しながら」の一行の残酷さがきわだっている。第三者にとって、「聖人」の死がある種の見世物に過ぎないことを著者はいっさい隠そうとしない。また、老人が拘束されていた「菊の花」は天皇家の紋章であり、日本語そのものであり、本邦の歴史そのものであり、そこから自由になるためには死しかないというどうしようもない滑稽さを、著者は書いた、いや、書いてしまった・・・・・・・、のだと想像する。夕日に染まる欄干に立つ少年たちの、けして書かれることのないその表情――それは、わたしたちが想像しうる、もっとも醜いなにかであることは疑いようがない。

詩はうつくしいもの、醜悪なるものに同時にかたちをあたえることができる。森水の詩集は、そういうことをわたしたちに教えてくれる――ある驚嘆をもって。

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最後に、本詩集で一番好きな詩を紹介したいが、これは引用なしとしたい。
気になる読者は、ぜひ書店や図書館などで確認してみてほしい。とても好きな詩。

「慈雨の矢」

(2018年9月14日)

森水陽一郎『九月十九日』書籍情報
九月十九日
出版 ふらんす堂
発行 2015年
著者 森水陽一郎(もりみず よういちろう)
価格 2600円+税