山本光一『命なりけり もえの和菓子アルバム』

本日は火曜日。房総半島はやや涼しい一日。西日本では台風による被害が大変なことになっているようだ。みなさんが身の安全を最優先にし、困難な状況をサバイブできることを願っている。生きてさえいれば、書くことも、読むことも、その他人生におけるあらゆる挑戦も、いつだって可能なのだから。

◇ ◇ ◇

本日の詩集の著者、山本光一は一九五七年兵庫県生まれ。他詩集に『カプチーノを飲みながら』(二〇〇八年)がある。本書は詩集だが特徴的なのは、一人の架空の女性の生涯の節目をそれぞれ和菓子をモチーフにし詩作品にしていることで、小説的な読みができる作品群だということ。

主人公は和菓子屋で働く女性とし、俳人のK先生との恋愛に関する逸話が中心になっている。詩はほぼ語り手である主人公のナラティブで、新米の和菓子職人であった若い頃から、別のだれかと結婚し家族を持ち老境のとば口に立つまでの人生を追う。百十頁に二十五編を収める。なお本書は著者より頂いたもの。

——こんにちは 京饅頭十五個下さい
——はい これ甘さ控えめでおいしいですよ
今日は風が強いですね
——そうですね
春風とか春はやてとかいう季語もあります
風が強いのは日本海の低気圧から延びる
寒冷前線が近づいていますからね

少しさみしげで
どこか翳りのある俳人のおじさまは
もう常連のお客様
季節を小さな空間に閉じ込めた
「五月雨」とか「紫陽花」とかいう
上生菓子を
ついでに買っていくようになりました

「恋ではないのです」第一、二連

詩集のはじめに置かれた、小説や映画であれば出会いのシーン。きわめて何気ない会話がよく記憶されているところは、わたしたちそれぞれの人生の重大な局面において、そうした何気ない出来事が深く記憶に刻まれてしまうことがあるということを想起させ、リアリティがあり、引き込まれる。語り手はこの時点ではまだ若く、その関係はまだ始まったであることがわかる。こうした舞台設定は技巧的な手つきで自然に読者に提示されている。

お父さん
新米和菓子職人の
あたしの新作よ

(寒月)
黒砂糖入りの羊羹に
銀箔で三日月を作り
練り切りで作った細雪を
風花のようにふりかけました
—身も心も澄み渡るようで
冬の月って好きよ
恋人のいない時って
凛とした気持ちになれるものよ

(恋文)
白あんと薄力粉を合わせて蒸したこなしで
生チョコレートを包み
若い女性の純白の横顔を形作り
赤い練り切りで作った小さなハートを
女性の耳のあたりに乗せました
—気持ちが通じますようにと
祈りながら作ったの
俳人のあの方に差し上げるのだけには
隠し味のXを入れちゃう

「二月の上生菓子(新作)」第一、二、三連

舞台と登場人物を踏まえて、和菓子屋を舞台にした物語がほぼ時系列に展開される。「練り切り」や「こなし」等、耳慣れない和菓子の用語が少しずつ登場しはじめ、華やかな視覚的なイメージがあふれ出す。

恋愛関係は表層上の骨子としてそこにあるのだが、読む愉しさを提供する小説としてではなく、詩として見たとき、そこには《作る》ということの喩が埋めこまれているのがみえてくる。和菓子の制作工程はひとつひとつの創作物と向き合う職人の——それも若手ではなく、熟練の——横顔を想像させる。

(そよ風のシュシュ)
寒梅粉に片栗粉と砂糖をこねてのし
水色に染めてからピンクの水玉をちりばめ
春らしいシュシュの形にしました
—かつてK先生との恋に揺れた
娘時代のシュシュをイメージして

(淡雪のベレー帽)
求肥でほのかな紅色の梅餡を包み
上に湿り気のある山川の粉をかけ
早春の淡雪に見立てました
—K先生と結ばれた白いベレー帽の似合う
憧れのA子さんをイメージして

「和菓子のアルバムより」第一、三連

読み進めるうちに、K先生との関係はいつしか破綻したらしきことがわかる。たとえば上のような詩の中でさらりとその事実が語られる。そこにはほろ苦い恋愛小説のような読後感があると同時に、どこかに突き放した感・・・・・・がある。それは著者が書こうとしたことが、実のところ恋愛模様やそれにまつわる物語ではなく、書くということそのものについてであり、かつそれに無自覚だったからではないか、ということを考える。

K先生から俳句の手ほどきを
季語はもとより
二十四節気や七十二候も知り
深まりゆく和菓子への思い

練る
混ぜる
丸める
絞る
結ぶ
添える
そして何といっても
包む
餡や栗を包む

「ささやかな秘義」第一、二連 部分

わたしが本詩集でいちばん興味深く読んだ詩。
ここで和菓子職人たる主人公の口を借りて語られているのは和菓子そのものではないように感じられる。練る、混ぜる、丸める、絞る、結ぶ、添える、包む、はそれぞれ書くことの秘義と呼応しているように見え、そこに俳句の季節用語である二十四節気や七十二候が重ねられることからも、相関性は明らかだ。

その後「見えない内側に本体があるの/包むの語源はつつましい/こころを包むとは/迎える相手に対するもてなしの気持ち/それは昔からの日本人のこころ」とつづくのだが、昨今あまりにも政治的に用いられることが多い「日本人」ということばよりは、多種多様な文化・非文化要素の織物としての日本語と解釈するほうがよさそうだ。

深みをえるとは細分化するということ。それは素人から職人になるということでもある。《千日詩路》の読者にむけてさらにかたるならば、それは《深み》なる虚構がそこにたしかにある、となんの根拠・・もなく信じることでもある。

◇ ◇ ◇

なおわたしは本詩集を詩論の一種として読んだが、それはその魅力を損ねてしまったのかもしれない。適切だったかどうかは読者諸氏の判断に委ねたいと思う。

(2018年9月4日)

山本光一『 命なりけり : もえの和菓子アルバム 』書籍情報
命なりけり もえの和菓子アルバム
出版 土曜美術社出版販売
発行 2016
著者 山本光一(やまもと こういち)
価格 2000円+税

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