『傍らの男』アイキャッチ

髙木敏次『傍らの男』(H氏賞受賞詩集)

――沈黙そのものに限りなく近い旅路。

◇ ■ ◇

本日は2019年4月8日(月)、春らしくなく異様に肌寒い日だった。

さて、今夜は前回に引き続き、H氏賞受賞詩集を取り上げる。今夜は2011年のH氏賞受賞詩集である髙木敏次の『傍らの男』(思潮社)を。髙木は1968年生まれ。2010年7月に発行された本書はその第一詩集。2015年には第二詩集『私の男』(同)を上梓。本書は詩21編を90ページに収め、栞(解説小冊子)は伊坂洋子の手によるもの。

過去10年のH氏賞受賞者は次の通り。なお、発行年はそれぞれその前年となる。

2010年 田原『石の記憶』(#0087)
2011年 髙木敏次『傍らの男』(#0088)
2012年 廿楽順治『化車』
2013年 石田瑞穂『まどろみの島』
2014年 峯澤典子『ひかりの途上で』
2015年 岡本啓『グラフィティ』(#0056)
2016年 森本孝徳『零余子回報』
2017年 北原千代『真珠川』
2018年 十田撓子『銘度利加』(#0042)
2019年 水下暢也『忘失について』

◇ ■ ◇

ちなみにH氏賞の発表がメディアに発表されたのは2011年3月5日、東日本大震災の6日前のことだ。本書が発行された2010年は民主党政権下で、当時の総理大臣は菅直人。私個人としては良くないことが立て続けに起こった悪い年だったことが記憶に残っているが、翌年の震災とその甚大な被害と合わせて、大きな節目を迎えたこの国にとって、2010年というのは最後の凪の時代だったのだろうという印象を持っている。

あれから約10年の月日がながれ、記憶の細かい部分は曖昧になってしまったが、詩を読むことは、当時の思い出すことのできないことを思い出すこと、あるいは思い出すことができないものがそこにあるということを知る一助になるかもしれないということを考える。同時代の作品を読むことには、そういうおもしろさがある。

さて、それでは読みはじめてみよう。巻頭に置かれた詩「帰り道」から。

私のことはもう考えないで
路上で野菜を売っている女を見る
大通りへは
と知っているような人に
たずねられた
市場は遠い
隣の部屋から物音がきこえるように
誰かが遠くにいそうだ
水をすくい上げるように手を動かす人
急いで家へ帰る人々
人の跡は古いのに
野菜は新しい
もう少し待とうと
石段にすわってみる
辻では
ぬいぐるみを抱いている女の子
市場からの帰り道を探している人
ぬいぐるみには慣れないし
帰り道も知らない
もしも
遠くから
私がやってきたら
すこしは
真似ることができるだろうか

『帰り道』全文

市場ということばが眼に残る。私は1975年生まれだが、すでに当時から私はこの国で市場というものを見たことはなかった。食品は流通が管理された特定の店舗でのみ販売され、そういうものだと思っていたが、その後東南アジアに住むようになって、個人小売店の集合体である野外市場というものの存在を知り、これが日本のごくごく一部の地域を除いて存在しないということを知り寂しく思ったことを思いだしている。

東南アジアの一般的市場はたくさんの動く店舗(ユニット化された棚、商品、展示空間)と、それを区切る曖昧な道で出来ている。というよりも限られたスペースに無理やり複数のオーナーが店舗を押し込むため、道は店舗の隙間につくられるといったほうがより正確かもしれない。Aがそこに置かれることによって、存在していなかったBがつくられる。

この詩を「私」がそこに置かれることによって、私以外が創出されると読めるだろうか。よく読んでみると語り手はその市場にたどり着いていないようでもあり、またすでに市場のなかに到着しているようでもある。野菜を売っている女がいるのは野外市場の路上のようにも見えるし、大通りのあちら側にはまた別の市場があるようにも読める。何がかたられているのか。私はどこにでもいて、どこにでもいない、だろうか。

詩は、2010年の日本をあえて書いていない、あるいは意図的にそれにつながる描写を削ぎ落としている、と感じる。だがどこにでもいて、どこにもいない「私」、あるいはいつもどこか傍らにいる「わたし」のイメージは、どこか説明を拒むような実像として、生々しい手応えと存在感がある。インターネットの登場によって爆発的に拡散する数千万人の個人による何十億文字もの日本語のテキストのなかで無限に増殖し、そしてそこに埋没する私たちの影がそこに隠されている、とも読める。

詩の最初に置かれた「私のことはもう考えないで」とある一行は、逆にこれは私について考えられた作品である、と書き手自らが明らかにしている宣言なのだが、こうした二重性が詩編全体を通じて保たれている。その二重性がどこか心地よいのは、私たちがどこかへと行きながら、同時にどこかから帰っているような生を送らざるを得ないからかもしれない。私たちはどこにも行けないし、どこからも帰れないからだ。

積極的に似ようと
職場に向かったのも
机にすわり
私と眼が合って
昨日の花火を思い出したことも
計算することは
誰にも似ないことだろうか
静かに
仕事をするふりをしていると
昨日から考えていたこと
誰かに似ようとすれば
机にすわり
計算する人がいて
私に見られていたのは
誰でもなければ
人の
にせものでもない

「机」(全文)

ひとは歩きながら、何か別のことをしながら考える。だがその考えたことを書くのは、おそらくは間違いなく机だろう。それも時間が過ぎて、おそらく数日後、動きながら見たこと、聞いたこと、考えたことを、机の前に座って、原稿用紙またはパソコンに向かって書く。そこには必ず遅延が、あるいは詐術としての「にせもの」がある……。

と、読みながらつらつらと考える。少し距離をおいて見ると、職場の机に座った語り手が、あまり好きではない労働に向かう生活の一シーンがかさねられていることにも気がつく。だが具体的な描写は徹底的にかくされている(職場、仕事、計算……いずれもそのもととなった具体的な名称や内容があるはずだ)。個別具体的な事柄がかくされることによって、詩が多くの読者のそれぞれの「私」に向かってひらかれることが企図されているのだろう、と想像する。

「積極的に似ようと/職場に向かったのも」する身振りは労働環境に強いられる理想としての労働者のイメージとしても読めるし、多くの読者の共感を呼びそうな二行だと感じる。同調圧力のきわめて強い会社(それは本邦においては学校生活の延長である)組織に強いられる理想に「積極的に」近づこうとする私がいる一方、おそらくはぼんやりと、やる気を失ったまま机に座り、「昨日の花火」を思い出しながら計算に勤しむ私がいる。こうした風景は私たち労働者にとって身近なこころの動きだ。

最後の五行の前に戻ってきて、再び考えこむ。「人の/にせもの」とは何か。それはいっさい本音をかたることがゆるされない日本社会の非人間的な生のことだろうか? それとも、あらゆるところに偏在するユビキタスな「私」の拡散のなかで見失われている、ひとりしかいない「この私」のことばだろうか?

この詩集に収録されている詩編には、2010年の現実を示す事象(固有名詞、事象、出来事……)が一切登場しないが、むしろそのことによって、かえって私たちが生きた時代の風景がそこにつよく喚起されているように感じる。にせもの、とは、くりかえしコピー&ペーストされる「私」によって削ぎ落とされてしまうもの、当事者たるこの私の不在を指しているのかもしれない。

最北にあるガソリンスタンドで
どこから来たのですか
近くから
うそをついた
知らない街を歩いていると
会えるかもしれない
誰かが
迷惑そうに話しかけてきたが
何を言っているのかわからない
子供たちの
視線がまがっている
川沿いの道は
きらいだ
売店に入っても
買うものはない
だれにさよならを言えばよいか
わからないが
知っている街では
誰にも会えない

「道」(全文)

ふたたび道がかたられている。今回はひとつだけ具体的な地名、または詩を着想するきっかけがあったと思われる場所がかくされているが、ほとんどのことばは他の詩と同じように抽象化され、具体的な出来事が想起されないような文体がえらばれている。

「知っている街では/誰にも会えない」とすると、知らない街なら誰かに会える可能性がある、とかたられているように読めるが、その「誰か」とはそもそもだれなのかという問いが当然あるだろう。私はここでいう「会う」に包含されているのは、出会いの可能性、こころを通わせることができうる第三者とめぐりあうことができる可能性、と読んだ。

「知っている街」でだれとも出会えないのは、知っている(と思いこんでいること)が、ひととひとがめぐりあうことを妨げるからである。むしろ何の関係も有さない他人たちとのすれ違いのなかでのみ、相手のほんとうの気持ちやことばにめぐりあう契機をえる可能性がある……のだが、詩がかたっているのは、むしろ「知らない街」であってもそこにあるのはたとえば「うそ」であり、「迷惑」であり、「まがっ」ている視線でしかない。つまり、私たちは、知っていても、知っていなくても、だれともめぐりあうことなどできないのだ。

「だれにさよならを言えばよいか/わからない」のは、だれともめぐりあえないからだが、私はその行にどこか深い共感をおぼえる。2010年、すでに世界はウェブで相互接続され、ありとあらゆる事象がワンクリックで閲覧でき、知りうるかのような楽観的な空気が広がっていたことを思い出している(そしてそれはいまも変わらない)。

私たちはネットワークでいつでもどこでも接続されるようになり、可視化された繋がりは、当時から私たちをすでに疲弊させていたことを思い出している。あまりにもたくさんの《私》の気持ちやことばにあふれる世界では、だれにさよならを言えばよいかわからないとうそぶきたくもなる。

列車から見えるように
鏡に映っているものもかわっていく
約束どおり
市場から見上げると
空があがっていないのか
何も映っていない
いつまで待てばよいのか
それも忘れてしまった
どこか遠くでは
人のにせものが歩いていても
よい
ここにきて
鏡に映っている私がいて
後ろに何かがいると
あなたが言う
ふりむくと
沈黙が続き
あわてないように
鏡で身支度をしようとしたら
市場は嫌いだといって
私のあとについてきた人は
ずいぶん前から
なつかしい

「市場」全文

最後に置かれた詩には、ふたたび市場が登場する。列車の車窓は矩形の窓であり、複数の矩形によって構成される窓に順番に映し出される風景はどこか映画のフィルムを思わせるが、それが鏡になぞらえられている。そこにあるのは複数の動く鏡、だ。そうした無限に生成される複数の鏡にうつるたくさんの私が想像されるが、それはどこか携帯という矩形画面に映る自分自身の顔を見つめ続ける2010年の私たちの姿を想起させもする。

三行目に「約束どおり」とあるが、これが前行にかかっているのか、後行にかかっているのか、一見どちらか見分けがつかない。また、その他の行の順番なども、自由に入れ替えられるような仕掛けになっている。もちろん読みに正解などないのだが(あると主張する詩人もいるかもしれないが、ここではその立場を退けたい)、私はいくつかの詩行を次のようなまとまりで分けて読んだ。

鏡に映っているものもかわっていく/約束通り

どこか遠くでは/人のにせものが歩いていても

よい/ここにきて

市場は嫌いだといって/私のあとについてきた人は/ずいぶん前から

なつかしい

市場はひとが交換しあう場であり、生の現場であり、職住空間の喩だと感じる。ひととひとがめぐりあうことができるのは市場ネットワークにしかなく、たとえそこが偽の気持ちばかりにあふれる場のように見えたとしても、そしていかにそれが嫌いであったとしても、やはり私たちはそこに立ち戻らざるをえない……と読める。

その場から誘う声を、詩は「なつかしい」といっている。だが、詩はそのなつかしい場所へ帰らなかった。あるいは作者はそこから外へ出ることを希求しているのでは、と感じる。「私」にみちあふれる空間、いいかえれば「いいね」や「わかる」といった共感ベースの理解しか存在がゆるされない空間から、ありとあらゆる理解への経路が剥ぎ取られた、抽象化されたことばが転がる荒涼とした場にこそ、自分はゆくのだ、そこに詩作の意義があるのだという宣言のようでもある。それは沈黙そのものに限りなく近い旅だ、と書いてみたい気がする。

◇ ■ ◇

本詩集でもっとも好きな詩は、「蝶」を挙げたい。
あなたは何をしているのですか? と問う声に、だれが答えられるだろうか。何も出てこない鞄を抱えたままの沈黙がそこにあり、それが私の胸を打つ。なぜだろう。
それは私もまた、答を探しているからかもしれない、

問いのなくなってしまった時代に生きる私たちの代わりに、詩は問うのだ。

人形のように人が倒れている
朝の市場
筋道から熱がふくらみ
私が遠くなり
ここにいるのは
市場にいない私
まわりは
水に映っている風景のようで
赤や青の魚
豚の皮
野菜、果物
の音が聞こえるようだ
立てかけられた椅子は
さびもせず
古いままである
解答を待っている生徒のように
確かめようとしたが
私の鞄からは何も出てこない
以前
黙って
帽子をかぶっている人が
珍しい蝶をみつけるために
と話しかけてきた
あなたは何をしているのですか
ときかれて
おもいつかなかった
市場で何をすればよいかわからないし
蝶もいない
人間のように起きて
椅子にすわって
椅子にすわることを
真似しながら
私を整える

「蝶」全文

(2019年4月8日)


髙木敏次『傍らの男』書籍情報
傍らの男
出版 思潮社
発行 2010年
著者 髙木敏次(たかぎ としじ)
価格 2200円+税

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