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井上瑞貴『坂のある非風景』

――うちあけて、愛して、わすれて、ながれる。

◇ ◇ ◇

詩と書評のサイト《千日詩路》サウザント・ポエジーへようこそ。

本日は月曜日。今日わたしたちが読む詩集は、以前(#0007)にて取り上げた井上瑞貴の詩集『坂のある非風景』。一九八四年に発行された本書はかれの第一詩集であり、十八編を五十四頁に収める。なお本書は、著者より十年ほど前に頂いたもの。

このサイト《千日詩路》では原則、二〇一〇年一月一日以降に発行された詩集を取り扱っているのはご存知のとおりだが、今回はそれ以前の詩集を対象とするため、あらたな書評分類をつくった。読者の皆さんは「書評ルッキンバックlooking back!」タグを参照されたい。

◇ ◇ ◇

さて、読みはじめる前に、多少の個人的な話を。

わたし根本正午が井上瑞貴に初めて会ったのはゼロ年代の後半のことだった。会ったといっても、最初は実際に会ったわけではなく、インターネット上のブログでのやり取りが最初だった。ふたりとも中上健次という小説家が好きという共通項があったことがひとつのきっかけだったように記憶している。

わたしは当時「はてなダイアリー」というウェブサービス上で日記を書いていて、かれはその時すでに書評ブログ「坂のある非風景」を精力的に運営していた。わたしの書いている日記にかれが興味を持ったのが最初だったのか、それともわたしがかれの書評に興味を持ったのか、いずれが先だったのかははっきりとしない。

かれからこの詩集『坂のある非風景』をもらったのはその頃のことだ。わたしは当時、ウェブに日記を書き続けながら、小説を書きたいとひそかに思っていて、書いた小説を五大文芸誌の新人賞に応募し続け、一次選考まで残ったり、落ちたりとしながら、自分が憧れている作家のようになりたいと熱望する、遅れてやってきた若者だった。一方で、自分がほんとうにやりたいこととは、権威たる文芸誌に認定オーソライズされ、そこに作品を掲載されることなのだろうかという疑念が頭から離れず、悩んでもいた。

……つまり別のいい方をすると、わたしは小説のことや自分のことに頭が一杯で、この詩集をもらった時、これを読む力、契機をもっていたとはいえなかった。たとえば戦後詩と呼ばれるものを、当時二十九歳だったわたしはほとんど知らなかった。

だが、それでも井上瑞貴の詩にはあらがいがたい魅力があった。それは小説を書くことしか頭になかったわたしにとっても、やはりそうだった。

それだけを拒絶した光、それだけを見つめ、
進むものはいつも
暗黒そのものとなって坂をくだった。
何もかもを隠すことができ、何もかもを
打ち明けることのできる胸が何ひとつ持たぬときの
空白を捨て、胸そのものを捨て、
ただすでに消え去ったもののすでにない消失感、それだけを抱いて
坂をくだった。
どのきみからも去り、どのきみをも抱いた。そうしてぼくは
きみとぼくを別々にゆく、別々の風となり、
叫びのための遠い沈黙となり、
坂を坂に結ぶ無数の坂となったのだ。
とざされたきみの瞳を見つめるために
ぼくの眼がとざされる……おそらく
それだけのことだった。そうしてぼくは
すべてきみの、すべてを見つめ、おそらく
それだけのことが理由だったのだが
坂となり、坂をくだるものとなったのだ。

「坂」(全文)

当時のわたしの第一印象を率直に書くと「わからない」だった。たとえば、なにについて書かれているのかわからない、なにがここで伝えられようとしているのかわからない、「ぼく」や「きみ」がだれなのかわからない、等々。

だが、たとえば次のような行があった。

何もかもを隠すことができ、何もかもを打ち明けることのできる胸

この一行はわたしにとって、ここ十年近く、忘れることのできなかったものだ。

何もかもを隠すことができ、何もかもを打ち明けることのできる胸……。わたしは、当時、この行を「わかる」と思った。そういう胸、いや、相手がいる、と思った。相手にすべてを打ち明け、すべてを隠してもらう。そういう存在がありうる、と思った。それは誤解ではあったろうがたしかに実感のある「わかる」だった。

そしてそうした胸をえることは、ひとにとってありうることではあるが、それは奇跡の一種であり、おそらく自分にはえいえんにえられないものだろうとも。しかしそうした奇跡がこの世界にはあるはずだ、ある、、ということをこの詩はかたっている、と思った。そして「それだけのことだった」とうそぶきながら、そのとき、わたしは井上の詩の読者になったのだ。

――井上瑞貴は、不可能にかたちをあたえる。
それはけしてとりもどせぬものへむけて、無限に伸びる坂である。

あまりにも遠くをめざしすぎた者が、自分が歩いている道の途上で、重力をうしない、二本の脚が歩んでいるのが下りなのか上りなのか、いつしかそれすらもわからなくなって、方角をうしなったままさすらい続ける生がみる、夢のなかの夢。

坂はえいえんに、とどかないあのひとのいる場へ続いている。
わたしはその夢を愛する。その不可能を愛する。かつて若かったわたしが愛した夢の不能性を、それがいまもなお、不能でありつづけてくれることを愛するのだ。

◇ ◇ ◇

さて、それでは読みはじめてみよう。上でも紹介した「坂」から。

どのきみからも去り、どのきみをも抱いた。そうしてぼくは
きみとぼくを別々にゆく、別々の風となり、
叫びのための遠い沈黙となり、
坂を坂に結ぶ無数の坂となったのだ。
とざされたきみの瞳を見つめるために
ぼくの眼がとざされる……おそらく
それだけのことだった。そうしてぼくは
すべてきみの、すべてを見つめ、おそらく
それだけのことが理由だったのだが
坂となり、坂をくだるものとなったのだ。

「坂」後半部分

坂はふたつのことなる世界をつなぐ。だがその詳細はかたられず、かたる必要がないことが示唆される(「それだけを拒絶した光、それだけを見つめ」)。説明や解説は拒絶されなければならない。拒絶されること、理解されないかもしれないことそのものを受け入れなければならない、と詩はかたる。なぜか。それは、井上の詩が愛することの不可能性をめぐっているからだ。

「どのきみからも去り、どのきみをも抱いた」は幾億の匿名たちがあつまり愛しあうそぶりをみせる電磁的ネットワークに生きるわたしたちのことを想像させ、一九八〇年代に書かれたはずの詩が、二〇一八年の現実をあらかじめ知っているようにもみえる。

「別々の風」、「坂を坂に結ぶ無数の坂」など、根や枝が横断的に錯綜するリゾーム構造を思わせるが、おそらくそれは自分が知っているはずのひと(きみ、あのひと)が持ちうる幾千・幾億の見知らぬ貌について考えた詩人のたどりついた想像力に基づくものなのだろうということを思う。

喪失が二重であること。消失感そのものが消失していることは、つまりなくしたことそのものが忘れられていることを指している。思い出さなければならないものを思い出せないまま、坂をゆく人生が想像される。だがそれが下りなのか、上りなのかはわからない。なぜなら経路は錯綜し、上下も左右もなく、目的たる「きみ」はみうしなわれているからだ。

喪失は叙情的であるということができると思うが、二重の喪失は、かなしむことすら許されない、つまりかなしむ対象があることがわすれられているような種類のかなしみである。ことばにできないかなしみ、と読める。

幾度通過しただろう、ここを
ちいさな永遠をひとつずつ
くるったように繋ぎ、通過しただろうここを
樹影を求め
どのいちにちも夕刻へと集注するここを出て

覚醒し
そして覚醒のなかを覚醒し
むなしく樹影を求め
屈従する勇気さえ求め
ぼくのものではない無数の自由のためにここを出て

思い描くことのできる不可能の合計で、夜を、夜に似た
にんげんの夜を、きみの傾きを
飾りたい――ああ、
ぼくのない空間でぼくにしたがい
時をほとんど静止のイメージでとらえる鳥とは誰のことか

《はじめて》を、たえず《ふたたび》夢みる鳥とは誰のことか
わかる
が、わからないその鳥をぼくに
信じさせよ、鳥じしんに
信じさせよ

「鳥影」全文

わかる、と、わからない、を超えるものとはなにか。それは《信じる》ことであるという一行が、時をこえてわたしたちのこころにいま届く。一九八四年、本邦はどんな国だったか。二〇一八年、本邦はどのような国になったか。

「信じさせよ」と詩はかたる。「鳥じしんに」ともかたる。鳥とは、通り過ぎるもの。しかもそれは地表を通り過ぎるもの、何度も何度も通り過ぎてゆくだけの、たくさんの影のひとつにすぎない。それは通り過ぎるだけのものを信じよ、といっているのである。あるいは、うしなわれることがわかっているものを愛せよ、と。

「覚醒し/そして覚醒のなかを覚醒し」はふたたび印象深い二行。覚醒することはまたあらたな覚醒を生む……つまり書けば書くほど遠ざかるものについてかたられる。そしてその不能性は、わたしたちの責によるものではない。叙情的にいうならばわたしたちが弱い、、せいではない。

「思い描くことのできる不可能の合計」をえた近代人たるわたしたちがそれでも届きえないもの、あるいは、知ったそのことによって知ることができなくなったものについて詩はかたっていると読める。それは、二〇一八年に生きるわたしたちをくるしめているものとまったく同じものである。

睡りを、その深さのまま打ち上げる岸辺から、ぼくは願う
影をのみつづける影を見送り
ぼくがぼくに無関係に歩んだ足跡にも、きみが
目覚めているように

ついに盲目を求める光を求め、ああ不確かなきみの不眠のかたわら
ただ不眠の輪郭だけが鮮明なきみのかたわらから
ぼくは、希望のながい時間ない時間、そのながさだけを生き
そのながさだけを死んでゆく

全能を、やがて存在にまで高めるこの睡り、その深さを
そのまま打ちあげる波を浴び、ぼくは願う
きみの胸の烈しくうち消される空白をさらに空白によって埋め、
限りなく疲労し、限りなく充たされているように

記憶のどこにもない思い出
はてしない不眠をねむりながらぼくたちの通過した非風景
ひとびとを抱き、ひとびとの死に抱かれ、ああきみを抱く
あらゆる仮死を殺すのだ

「覚醒のための後退」全文

詩集の題名でもある「非風景」。それは「はてしない不眠をねむりながらぼくたちの通過した非風景」という行にてあらわれている。それはどこにもない思い出、思い出の不在を指している。不眠とねむりが同時にかたられ、決めることも、ねむることも、思いだすことも、なにひとつ自由にすることができない宙吊りの存在がかたられる。

風景、とはわたしたちが対象aをみるときにその背後にはじめて生み出されるもの。対象aがなければ風景は存在しえない。風景が風景であるためにはそこに対象a……意味が見出されなければならない。地方出身者は、田園にしずむ夕暮れに感動したり写真を撮ったりはしない。それはただ毎日繰り返されるだけのものだ。一方、都会から来た観光客はその夕暮れに感動し、写真を撮り、ソーシャルメディアにアップロードするだろう。観光客は意味がへばりついた景色を創出してそこに価値を見出している、といえる。

非―風景は、そうした意味が剥ぎとられてしまった場のようにみえる。それは現実には存在しえないものであり、複数の時間軸で死んだものたちがすべて同じ場所にあらわれるような不可能な場のことであり、覚醒することが後退(ねむる)ことであるような虚数空間のことを指すのかもしれない。そしてそれを書くことができるのは詩だけなのだという声がどこかきこえる。それは、ことばという矛盾したものを矛盾したまま愛することができるのは詩だけだからである。

だがえられたことばである「きみ」は死に、さらにその仮死も二重に殺されねばならない。「ああきみを抱く」の次の行にて死がかたられているのは、えられた愛、詩もまたすぐにほろび、うばわれることが示唆されていると読める。

◇ ◇ ◇

本詩集でもっとも好きな詩は、えらぶことができなかった。
本稿を締めくくるに相応しい詩は、「帰還」だろうか。

本邦は、島々、島嶼でできている。ひょっとしたらわたしたちの魂もまた、ばらばらにわかたれたさまざまな記憶によってできた、島嶼のようなものなのかもしれない。だから別れとは島をうしなうことであり、そして島があった空虚をすみやかに埋めるやさしい海によって、うしなったことを忘れることである。

いま、わたしたちは読む。わたしたちは知る。かえろう、取りもどせぬまま。

落日の紅をにがくにじませた双眸の深みへと
島々を抱き、島々の幻を洗う波が帰っていった
記憶よりもさきに喪われた記憶を追って
島々を集めようと、島々の幻を抱いた波が
帰っていった
《この胸と生きられるぼくはまだいない》と
ぼくの扉は軋み、ぼくの樹は顫え
ぼくの絵はかわかない、ぼくの

ながい坂はいくつもの雨滴になると
ぼくの坂を駆け降りていった
それも距離でしかない、貧しい、無名のへだたりを縮めようと
島々を捨て、島々の幻を捨てた波が
ぼくの坂を駆け降りていった

《それから話しなさい
けっして話そうとしないものたちとともに
けっして話そうとしないものたちのように》

「帰還」〈坂のある非風景・Ⅳ〉 全文

(2018年11月19日)


井上瑞貴『坂のある非風景』書籍情報
坂のある非風景
出版 近代文藝社
発行 1984年
著者 井上瑞貴(いのうえ みずき)
価格 1000円+税
国会図書館 / 古本 Amazon

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