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熊谷直樹&勝嶋啓太『妖怪図鑑』

——砕けた鏡に、幾億の妖怪たちの貌うつる。

◇ ◇ ◇

詩と書評のサイト《千日詩路》サウザント・ポエジーへようこそ。

本日は水曜日。今日わたしたちが読む詩集は熊谷直樹と勝嶋啓太の共著である『妖怪図鑑』。熊谷直樹は一九六四年東京都生まれ、刊行詩集に『ひまわり』(潮流出版社)、私家版として『鳥のように自由に』『キッチン』など。勝嶋啓太は一九七一年生まれ、その第一詩集『カツシマの《シマ》はやまへんにとりの《嶋》です』は以前も(#0006)にて取り上げたが、他『来々軒はどこですか?』、『異界だったり現実だったり』(共著)などがあり、二〇一七年刊行の『今夜はいつもより星が多いみたいだ』では第四十六回壺井繁治賞を受賞している。

本書は四章構成になっており、ふたりの著者の作品が交互に掲載されていて、合計三十三編を百六十頁に収める。なお本書は著者(勝嶋)より頂いた。

説明が必要な部分としては、本書は妖怪、、についての詩が集められた詩集だということだろうか。鉄とコンクリートできた現代の大都市の中に住む妖怪……それがなにを意味するかはいうまでもない。

さて、それでは読み始めてみよう。

雨宮くんは生物部で 特に海の生物が好きだった
遠足が近づいてきたある日
雨宮くんは突然
先生 ボク遠足に行かなくてもいいですか と言いだした
行かなくてもいい っていうことはないね
学校行事だし 全員参加なんだから
どうしたんだい 都合でも悪いのかい と聞くと
ボク 遠足に行きたくないんです と言う
困ったね どうかしたのかい
雨宮くんは黙ったまま下を向いてしまった
黙ってちゃあ わからないね 何かあったのかい
雨宮くんは重たい口をようやく開いて答えた
みんながお前は遠足に来るな って言うんです
お前が来ると雨が降るから って
お前は「雨男」だから お前が来ると雨が降る
去年もその前もそうだった
だからお前は来るな ってみんなが言うんです
そう言うと
雨宮くんの目からはこらえていた涙がこぼれだした

遠足に雨宮くんは参加しなかった
当日の朝 雨宮くんの家から電話があり
突然の体調不良で行くことができなくなった
との連絡だった
その日は雨は降らず いい天気だった
遠足に参加した他の子ども達は
みんなとても楽しそうだった

「雨ふり小僧」第一、二連
熊谷直樹

「みんながお前は遠足に来るな って言うんです」という台詞について考える。よく読むと、ここで恐れられているのは雨そのものではなく、雨の可能性にすぎなかった。そしてそのまだ起こりえていない可能性の責を負わされる犠牲の羊が「雨男」と呼ばれている。実際に降ったか、降っていないかが問題なのではない。そのおそれが生じること、それが「みんな」の不利益になるとき、雨男は場から排除される。あるいは、最初から雨男の排除が目的であり、そうした可能性がねつ造される、ともいえる。それはいっけん正当性があるようにとりつくろった陰湿な多数派の排除の論理であり、そんな雨が、世界のありとあらゆる場所で降っている。詩はそうした光景にかたちをあたえている。

わたしたち大人は、この詩の雨宮のように涙を流して犠牲の羊に甘んじるわけではない。わたしたちはたいてい徹底的にあらがう。雨に、あるいは、怯懦さに。「みんな」にあらがう。だが、そんな「みんな」には、わたしたち自身の姿が含まれるのだと、詩はそのくるしさをかたってもいる。語り手の「先生」は、結果として雨降り小僧を排除する側にまわっており、そこにあるのは加担する側の意識であり、傷つける側の意識であり、当事者性だ。「先生」はどうしたらよかったのか。答はない。わたしはどうすべきなのか。答はない。そこには「みんなとても楽しそうだった」という、どこまでも寂寞とした光景が広がるのみである。とても好きな詩だ。

最近は音楽も
インターネットからダウンロードして手に入る時代になり
CDですら時代遅れなんだから
レコードなんて もう先史時代の遺物だけど
それでも アナログ盤の音には
デジタルの音にはない
えも言われぬ味わいがあるかで
いまだに たくさんの愛好者がいるらしい
と言っても 僕の父が いまだにレコードを聴くのは
そういうことでもなくて(大体 オヤジ音痴だし)
単に 昔買った たくさんのレコードを
そのまま置きっぱなしにするのが もったいない
ということに過ぎないのだが
先日 父が
俺の持っているフランク・シナトラのレコードが
なんかヘンだ と言う
マイ・ウェイを聴いていると サビのところで
ま〜い うえ〜い
と 誰かの調子っぱずれの声が重なる時がある と言う
ちょっと聴いてくれ と言うので聴いてみたが
一向に怪しげな声など入っていなかったので
オヤジ モウロクして
自分で無意識に歌ってたんじゃないの などと話していると
突然 シナトラの声に合わせて
わたしは〜 しんじた〜 このみちを〜
と 明らかに知らないオッサンの声が聞こえてきて
オイ ちょっと待て! なんで日本語なんだ!
父は 今日のパターンは初めてだな
と ヘンなところに感心している
何だ!? この変なレコード と思い
盤面を よーく見てみると
レコードの 無数に刻まれた溝の中に
何かチラチラしているものが見えたので
虫眼鏡で さらに よーく見てみると
ものすごーく小さなオッサンたちがいて
こちらに向かって ニコッと微笑んでいたのだった
どうやらこのオッサンたちが 時々 いい気分になって
調子っぱずれの歌を唄っているらしい

「レコード人」(P80-P82)
勝嶋啓太

《千日詩路》には意外と多くのファンがいそうなおなじみの勝嶋節。

レコードは記録そのもの、わたしたちが生きる現代社会からこぼれおち、不要なものとして廃棄されてきたなつかしいものたちそのもののように読める。なつかしいものたちを取り戻す方法はなく、すべてはもう時代遅れの遺物に過ぎないが、そうしたものに対する著者の優しいまなざしを感じる。その側溝のような凹みに小さな「オッサン」たち、しかも調子のはずれた歌を歌う奇妙なオッサンたちが住んでいるという想像力に意表を突かれ、笑ってしまう。微笑んでしまう、と書いたほうがいいだろうか。

そんなオッサンたちが「ニコッと微笑んでいた」という一行はこころあたたまる一行だ。それは、社会から不要なもの、要らないものとして捨てられ、忘れられたかれらが、けしてだれかを憎んだり、うらやんだり、奪われたものの怒りを埋めあわせるため、だれかを果てしなく攻撃したり誹謗中傷したりはしていない、いや、していないでいてほしい、と、著者が思っているということを意味している。ニコッと笑っていてほしいと思う。それははたからみると多少恥ずかしい光景なのかもしれないが。

◇ ◇ ◇

本詩集でわたしがもっとも好きな詩は、勝嶋の「件(くだん)」を。

人間に対してさまざまな文句をいいながら、結局のところ予言を言い “遺して” 件が消えていったことの意味について考える。平和とは、戦争と戦争の間の一時的な状態のこと。弱さが暴力をうみ、さみしさが攻撃性をうみ、愚かさがさらなる憤怒をまねきつづける二〇一八年、わたしたちはまだまだ妖怪とさよならはできないらしい。

海の向こうのアメリカで
女性蔑視や人種差別発言を繰り返す成金馬鹿が
何かの悪い冗談みたいに大統領になってしまった日のこと
妖怪マニアの友人が
くだん という妖怪を知っているか? と聞いてきた
くだん って 「件」と書いて「くだん」と読む奴だろ
字の通り半分人間半分牛の妖怪 と答えると
そうだ 人間の顔した牛だ
戦争や大きな災害など 悪い事が起こる直前に生まれ
人にそのことを予言して 翌日死んでしまうんだ
例えば 太平洋戦争が起こる直前などは
あちこちで頻繁に生まれたらしい
東日本大震災の直前にも 福島県の某所で密かに生まれ
大震災と原発事故を予言して死んだというウワサがある
と 妖怪マニアの友人は いつになく真面目な顔をして言い
実は 数日前 九段下で くだん が生まれたらしい
信頼できるスジからの情報だ となぜかヒソヒソ声で言う
きっと 悪い事が起こる前兆だぜ
まあ それはそれとして
ビデオ屋でバイトしてるような奴に
情報流す〈信頼できるスジ〉って どんなスジだよ?
つうか 九段下で くだん が生まれた って
どう考えても単なるダジャレじゃん などと思っていると
のっそりのっそり と
くだん っぽい牛が通ったので マジか! とビックリして
あのー あなた もしかして 「くだん」さん ですか?
と聞くと そうだけど と答えたので
これから何か悪い事でも起きるのでしょうか?
それ やっぱり アメリカ大統領絡みですか? と聞くと
くだん は 教えない と言う—— え?なんで??
だって お前らに教えちゃったら 俺 死んじゃうじゃん
今まで 俺たち くだん は 人間たちを助けようと
さんざん忠告してやったのに
結局 戦争はやっちまうし 地震にも備えないし
で いつも事が起こって
たくさん犠牲者が出て 泣いている
そんなバカな奴らのために命をかけるなんて
いい加減アホらしいから もう予言はしないことにした
くだん は そう言うと
また のっそりのっそり と歩き始めたが
5、6歩進んだところで 振り返り
でも お前らが心配している事は 必ず起こるよ
と言い遺して 雑踏の中に 消えていった

「件(くだん)」全文
勝嶋啓太

(2018年10月31日)


熊谷直樹&勝嶋啓太『妖怪図鑑』書籍情報
妖怪図鑑
出版 コールサック
発行 2018年
著者 熊谷直樹(くまがい なおき)、勝嶋啓太(かつしま けいた)
価格 1500円+税
新刊 版元サイト / 古本 Amazon

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